その新施策は本当に効果があるのか。改革の成果や失敗を正しく把握するためには、条件がある。「実験による検証」――つまり変更を適用する「処理群」と、適用しない「対照群」の結果を比較することだ。

 

 最近皆さんの会社が、組織の有効性を高めるために大きな改革に取り組んだ時のことを思い返してほしい。それはフレックスタイム制など、就業規則の変更だろうか。あるいは新しい請求システムのような、顧客対応プロセスの改善だろうか。いずれにせよ、改革案を詳細に検証し、しかるべき関係者とじっくり話し合い、導入の方法を策定し、実行に移したはずだ。しかしその過程には、重要なステップが抜けている。変更によって当初の目標が本当に達成されるのかどうかを、厳密に検証するという作業である。

 なぜ組織は、このステップを考慮せずに新たな施策を導入してしまうことが多いのだろう。その疑問に答えてくれるのが、心理学と判断・意思決定、ならびに経済学を組み合わせた学問分野である「行動経済学」だ。

 人間は「この行動を起こすのは正しい判断だ」と考えると、接する情報をその行動に都合よく解釈してしまう。これは「確証バイアス」と呼ばれ、現実への認識が今の自分の考えに沿うように歪められる現象だ。さらに人間には、一度ある方向に進み始めて資源を投じると、その道は間違っていると新たな情報が示唆しても、止まらずに進むことで過去の投資を正当化する傾向がある。この現象を「立場固定」と言う。

 確証バイアスと立場固定が生じると、組織は改革の検証をしなくなる。関わった意思決定者が「改革が正しいことはもうわかっている」と誤って思い込むからだ。こうして組織は不幸にも、効果のない施策を続け、他にもっとよい方法がある可能性を検討すらしなくなる。

 ここで求められるのが、「実験による検証」だ。このプロセスで目標を明確化し、意思決定をしかるべき指標に基づいて厳密に評価することで、経営者は高くつく失敗を避け他の選択肢も考慮できるようになるのだ。

 製薬会社は新薬の認可を取得する際、安全性と有効性をテストするための臨床試験で、ある被験者グループには新薬を与え、別のグループには既存の標準治療薬や砂糖の錠剤(プラセボ)を与える。双方の結果を比べることで、新薬が患者の症状を改善するか、副作用がないかを確認できるわけだ。企業で検討される多くの改革に対しても、同じような方法を活用できる。組織の一部グループにのみ変更を実施し、他は変えない。そして両グループの実績を比較すれば、効果の有無がわかるのだ。

 そんな面倒なテストなどせず、「変更前と変更後」の結果を比べるだけでよいと思われるだろうか。それが有効な場合も時にはあるが、たいていは誤った判断につながる。たとえば、営業チームに画期的な顧客関係管理ツールを導入したところ、売上げが15%伸びたとしよう。するとこの改革は成功だったと考えられがちだが、成功ではない可能性もある。というのも、「もし変更していなかったら」という視点が忘れられているからだ。新ツールを導入しなかったら、売上げは20%伸びていたかもしれない。改革が「実施されなかった」場合の結果をまったく把握しないまま、成果を評価することは難しいのだ。

 すでに一部の企業は、行動経済学の原理と実験による検証を取り入れている。たとえば、筆者の1人も関わったことがあるウォルト・ディズニー・カンパニーのR&D部門だ。同社はコスト削減や作業の合理化を図る対象を決めると、改革案の有効性をテストするために無作為化実験(被験者の抽出や割り当てをランダムに行う)を考案する。