昨今、人工知能という言葉をよく耳にするようになったが、最新のテクノロジーをビジネスにつなげるためには越えなければならないハードルがある。科学界と経済界双方のニーズを満たし、新たなビジネスを生み出すためにはどうすればよいのか。Recruit Institute of Technology 推進室の室長を務める石山洸氏による連載の第2回。
 

現在の人工知能ブームは
アルゴリズムの進化のみでは語れない

 前回は「レーズンパン人材」の重要性、そして、レーズンパン人材を獲得するための戦略策定のフレームワークについても説明した。では、レーズンパン人材はどこからやってくるのだろうか。

石山 洸(いしやま・こう)
Recruit Institute of Technology 推進室 室長
2006年、東京工業大学大学院総合理工学研究科知能システム科学専攻修士課程修了し、リクルート入社。インターネットマーケティング室などを経て、全社横断組織で数々のWebサービスの強化を担い、新規事業提案制度での提案を契機に新会社を設立。事業を3年で成長フェーズにのせバイアウトした経験を経て、2014年、リクルートホールディングスのメディアテクノロジーラボ所長に就任。2015年より現職。

 それを議論するためにまず、人工知能(AI)ブームの背景について考えたい。過去のAIブームと現在のブームには明確な違いがある。

 過去のAIブームは、「Artificial Intelligence」(人工知能)という言葉が公に提唱されたダートマス会議(1956年)から、グーグルが誕生してインターネットが一般ユーザーに普及し始める直前の1998年頃までに起きたブームを指す。大学や研究所、あるいは一部の限られた民間企業の中でのみ研究開発が行われた、クローズドなブームであった。

 では、現在のAIブームはどうだろうか。その背景としてディープラーニング(深層学習)などのアルゴリズムの進化が引き合いに出されることが多いが、筆者はそれに加えてより高次元の3つの背景があると考える。それは、1)データ、2)ビジネスエコシステム、3)教育の3点がオープン化されたことである。

1)データ

 現在のAIブームは、過去のブームに比べて、インターネット、スマートフォン、そしてIoT(Internet of Things:モノのインターネット)と、圧倒的に取得できるデータ量が増加していることは決定的な違いである。あらゆる産業セクターでより広範なデータが取得できるようになったため、ほぼすべてのビジネスシーンへ応用範囲が広がった。これまでは特定分野での応用しか着目されていなかったAIが、あらゆる場面で活用できるようになってきた点は、過去のAIブームとの大きな違いであろう。

 2)ビジネスエコシステム

 AI関連のスタートアップ起業数、同スタートアップへのベンチャーキャピタルからの投資、そして、出口としてのIPO(新規公開株)と大企業による買収。どれをとっても過去の件数と規模が拡大している。

 2014年のグーグルによるディープマインド(DeepMind)買収はその象徴とも言え、この他にも同社は2013年以降にダークブルー(Dark Blue)、ビジョンファクトリー(Vision Factory)、ジェットパック(Jetpac)、DNNリサーチ(DNNresearch)などAI関連のスタートアップを買収した。また、フェイスブックはウィット・ドット・エー・アイ(Wit.ai)、ツイッターはマッドヴィッツ(Madbits)、イーベイ(eBay)はアップテック(Apptek)、Amazonはエヴィテクノロジー(Evi Technology)とキーバ(Kiva)を買収している。

 過去のブームでは存在しなかったインターネット関連企業が成長し、かつ、AI関連のスタートアップを買収することで、ビジネスエコシステムが完成した点は、過去の人工知能ブームとの大きな違いと言えるだろう。これにより、ベンチャーキャピタルによる投資はいっそう加速し、かつ、AI関連のスタートアップ数もさらに増加傾向にある。

 さらに、ウォルマートやGEなどの非インターネット系の大手企業も人工知能関連のスタートアップに対する投資やM&Aに乗り出している。1)で触れた通り、あらゆる産業セクターでデータ取得が増加し、AIを自社ビジネスに活用するポテンシャルが拡大しているため、今後は、非インターネット企業によるAI関連スタートアップのM&Aが増加し、エコシステムを再拡大していくことは間違いない。