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相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

前代未聞!ユーチューブで一人退任会見
広島秋葉市政“市民不在”の結末

相川俊英 [ジャーナリスト]
【第17回】 2011年1月13日
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 広島市民は新年早々、びっくり仰天したのではないか。秋葉忠利市長が1月4日の仕事始め式で、今期限りでの退任を表明した。今年4月の市長選に出馬し、4選を目指すと誰もが思っていた。そのための五輪招致ではないかと憶測していた人も多く、秋葉市長の突然の不出馬表明に広島市内に激震が走った。「一体、なぜ?」そんな疑問の声があちらこちらであがった。

 その後、驚きの波は全国各地に拡散した。秋葉市長が記者会見を拒否し、動画投稿サイト「ユーチューブ」に退任の弁を流したからだ。前代未聞の一人会見で、質問なし。秋葉市長は引退を決意した理由を「箱根駅伝をみているうちにタスキをつなぐことの大事さを感じた。目からうろこが落ちる思いがした。タスキを次の人に受け取ってもらうべきだという気がした」と、語った。そして、3期12年の成果を自画自賛し、動画から消えていった。

 こんな一方的な退任表明に呆れ返った人も少なくないはずだ。しかし、広島市民の間では「いかにも秋葉市長らしい」と、冷静にみる向きが多い。細かな説明をせず、トップダウンで物事をすすめる人とわかっていたからだ。五輪招致の構想がその典型事例だった。

 広島市が五輪構想を発表したのは、2009年10月のこと。東京都が2016年夏季五輪の招致に失敗した直後だった。秋葉市長の鶴の一声によるもので、当初は同じ被爆都市・長崎市との共同開催がぶち上げられた。広島・長崎の両市が主宰する「平和市長会議」(世界の4301都市が加盟)は、2020年までの核廃絶を目標に掲げて平和推進活動を展開中だ。その目標年の2020年に「平和の祭典」である五輪を開催することで、核廃絶の機運を盛り上げたいとの構想だった。

 しかし、五輪憲章が一都市開催を原則としていることから、2010年1月に長崎市が断念。広島市は方針転換し、2020年夏季五輪の単独開催を模索することになった。10年度予算に五輪招致検討費を計上し、基本計画案を策定した。

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相川俊英 [ジャーナリスト]

1956年群馬県生まれ。放送記者を経て、1992年にフリージャーナリストに。地方自治体の取材で全国を歩き回る。97年から『週刊ダイヤモンド』委嘱記者となり、99年からテレビの報道番組『サンデープロジェクト』の特集担当レポーター。主な著書に『長野オリンピック騒動記』など。


相川俊英の地方自治“腰砕け”通信記

国政の混乱が極まるなか、事態打開の切り札として期待される「地方分権」。だが、肝心の地方自治の最前線は、ボイコット市長や勘違い知事の暴走、貴族化する議員など、お寒いエピソードのオンパレードだ。これでは地方発日本再生も夢のまた夢。ベテラン・ジャーナリストが警鐘を鳴らす!

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