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歯科やエステの情報検索サイトで急成長
ネットベンチャーを創業した元鉄道屋
日本メディカルネットコミュニケーションズ社長
早川 亮

週刊ダイヤモンド編集部
【第139回】 2011年2月4日
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日本メディカルネットコミュニケーションズ社長 早川 亮
Photo by Toshiaki Usami

 日本鉄道建設公団(現・独立行政法人鉄道建設・運輸施設整備支援機構)で約21年間、土木技術者として鉄道建設業務などにかかわってきた早川亮は、45歳のとき、それまでのキャリア職を捨て去り、鉄道とはまるで正反対の、インターネット業界へ飛び込んだ。

 早川が立ち上げた歯科情報や歯科医院の検索サイトには、全国約6万8000の歯科医院のうち、約7000が会員登録し、情報掲載している。

 主力事業は歯科、美容、エステなどの情報検索サイトの運営と、検索エンジンによる検索結果の順位を上げるSEO(検索エンジン最適化)などのSEM事業だ。業績は急成長しており、昨年12月には東証マザーズに株式上場も果たした。

 鉄建公団時代に鉄道敷設の設計や施工監理などを行っていた早川が、インターネットを本格的に知ったのは1994年、公団が情報システム部を設立する際のメンバーとなったのがきっかけだった。
ほどなくして、インターネットのすばらしさを知る。

インターネットブームに背中を押され退社
赤字続きで資金難に

 一つは情報収集のツールとしてだ。趣味だったペットのサイトを作ってみたところ、米国、英国、ブラジルなどに住む約600人のマニアたちがアクセスしてきた。当時は専門雑誌もなければ、情報交換の場もなかったが、このサイトをきっかけに、皆で情報を持ち寄り、評判のよい店やイベント紹介などを互いに行うようになった。

 二つ目は、ビジネスのツールとしてだ。親戚が北海道で経営する海産物問屋のネット通販を試みると、全国から注文が舞い込んだ。
「世界がつながるすごさを知った。ネットビジネスを始めるには、カネは要らず、パソコン1台で可能だ。第2次産業革命がやって来ると確信した」

 97年に楽天が設立されると焦りが募った。さらに20代の若き起業家を中心としたユーフォリア(陶酔的熱病)で、ネットバブルがふくれ上がるなか、「インターネット関連の仕事がやりたい」との思いはもはや抑え切れないものになっていた。

 「私も熱病でやられたなかの1人。退職したときは、まるで脱藩浪人の心持ちだった」と自らを振り返る。

 2000年4月に日本インターネットメディアセンター(現・日本メディカルネットコミュニケーションズ)を設立。その前年にNTTドコモが始めたiモードに目をつけ、iモードを使った通販サイトを立ち上げた。

 だが、時期尚早だった。当時、携帯電話を使って買い物をする客はほとんどおらず、出だしから挫折を味わうことになる。

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