歴史的に長期にわたった世界的低金利は、踊り場にさしかかっている。考えられるシナリオは2つ。一方は、世界的に資本コストが上昇する未来のシナリオ1である。世界一のコンサルティング・ファーム、マッキンゼー・アンド・カンパニーの経営および世界経済の研究所所属メンバーが発表する刺激的な超長期トレンド 予測が詰まった書籍『マッキンゼーが予測する未来――近未来のビジネスは、4つの力に支配されている』のさまざまな分析テーマを抜粋して掲載する。今回は長期金利、資本コストを論じる第7章の第2回。

先進国でも、新興国でも
資本需要は明らかに増大する

 需要側の基礎数値は、明確な長期的傾向を示している。グローバルな投資比率、すなわち世界の総GDPに占める世界の総投資額のパーセンテージは、グローバルな不況の底にあった2009年の20.9%から、22%をわずかに切る水準にまで回復している。投資ブームを後押しする新興国の工業化と都市化に伴い、投資比率の増加が続くことを否定する材料はほぼ皆無である。

 ブラジル、インドネシア、インド、中国は、大量の建築資材を必要としている。世界の成長都市はいずれも固定資本投資ストックを、2013年の10兆ドル近くから25年までに20兆ドル超へと倍増する必要がある。

 都市へと移住する人たちは、住むアパート、自動車を運転する道路、通う学校などを誰もが必要とするからだ。

 ブラジルのインフラストラクチャーの状況を、例として見てみよう。1970年代にGDP比5.4%であった総投資額は、2000年代にはわずか2.1%に低下した。この国のインフラストラクチャーが限界にきていることは、世界中の誰の目にも明らかとなった。2014年のワールドカップ開催中に、雨が降るとレシフェの街の下水道および道路があふれ、水浸しになった状況がテレビ放映されたからだ。

 ブラジルの輸送インフラも荒廃がひどく、未舗装道路の比率は86%にのぼる。国土面積はアメリカの90%あるのに、ブラジルの鉄道網の規模はアメリカの13%以下である。

 ブラジルのナショナル・サッカーチームは、2014年のワールドカップでは準決勝でドイツに敗退したものの、FIFAランキングでは今でもトップ10に入っている。ところが、インフラストラクチャーの質となると、世界経済フォーラムのつけたランキングでは、ブラジルは148ヵ国中114位である。ブラジルが経済成長余力をフルに発揮するには、自国の道路、港湾、空港への投資をすぐに始めなくてはならないことが明らかだ。

 一方、世界中の先進国でも、何十年もの投資不足の結果、積もり積もったインフラストラクチャーの新規、建て替え需要が高まっている。先進国のGDP比投資額比率は、1970年代から急速に低下した。1980年から2008年の間の先進国総投資額は、各国がそれ以前の歴史的投資比率を維持していたと仮定した場合の総投資額よりも20兆ドルも少ない。これは、おおよそ日本とアメリカのGDPを足し合わせた額に相当する。

 ボストンとワシントンDCを結ぶ高速鉄道のアセラは、スピードを落としての走行で、出発や到着の時間が定刻どおりではなく、あてにならないことが多い。しかも、車内でのインターネット接続も低速でダウンロードに時間がかかるなど、使い物にならない。こうした現状のサービスの悪さと欠如をなくし、需要の成長に見合った輸送能力に拡大するにはどの程度の投資が必要なのかを、アメリカの土木技師連盟が推計した。それによると、現状で計画されている投資を維持したうえで、2020年までに1兆6000億ドルの追加投資をしなければならない。

 また、米国運輸省は、公共交通網の状態を「良好な補修状況」に持っていくには、2028年までに、公共交通網への支出を年間およそ40%増額しなければならない、と推定している。全体として、期待される経済成長を可能とするには、私たちの推計では2030年までに、世界中の道路、建物、鉄道、通信、港湾、水利といったインフラストラクチャーの整備と建設に、57~67兆ドルを支出する必要がある。

 これは、全世界に現存するインフラストラクチャーのストック全体の総額を上回り、1994年から2012年までの19年間に実施された世界中の投資総額を60%上回る数字である。

 こうした各種の投資に、償却済みあるいは時代遅れで役に立たなくなった資本財の代替を含めると、世界中の年間投資額は、金融危機以前のピークであった2008年の投資額、13兆ドルを上回り、2030年までに25兆ドルが必要となるだろう。

 このように資本需要は明らかに増加している。では、供給側はどうなのだろう?供給側でも、長年大豊作が続いた後の大飢饉のような状態になる可能性がある。過去の慣行に従わない金融政策が実施されなければ、長期資本供給の見通しは、過去20年間の現実を反映したものにはならない可能性が高い。人口の高齢化に対応する政府支出は、2030年までにGDP比の数字が4~5ポイント上昇すると予想されており、政府予算の赤字と各国の貯蓄率の低下にさらなる悪影響をもたらすだろう。

 最後に、それぞれ総貯蓄額で1位と4位にランクしている中国やインドといった新興国においては、それぞれの経済構造が個人消費の増加へと転じていくため、貯蓄率の低下を経験するかもしれない。

 中国がエコノミック・パワーとして地位の上昇を果たした、という事実以外に存在する数少ない驚くべき現象が、中国国民の驚くべき貯蓄性向の高さである。中国では、老後や病気などへのセーフティーネットが相対的に未整備であり、国民は1960年代から70年代にかけて経験した物資の欠乏と極端な貧困の時代を、まだよく覚えている。

 このことが、中国国民が自分たちの築いた資本を使うよりは貯蓄にまわし、世界1位の貯蓄者となっている理由の一つである。中国の貯蓄率は2000年代初期にGDP比37%であったが、08年には50%を超える水準となった。この年には、中国の年間貯蓄残高は2兆4000億ドルとなり、世界最大の貯金箱を持つ国となった。

 その4年後、貯蓄率こそそれ以上に上昇することはなかったものの、急速な経済成長のおかげで貯蓄総額はさらに大きな額となった。だが、中国の貯蓄率が高い水準のまま将来も推移する可能性は低い。まず、政府が投資への依存を離れ、国内消費への依存へと方向転換を図ろうとしているからだ。つまり、政府は市民にもう少し貯金を使い、消費にまわしていくことを奨励している。

 もし、中国が日本、韓国、台湾といったアジア諸国と同じ道をたどるとしたなら、中国の高水準の貯蓄率が著しく低下する可能性がある。たとえば台湾の貯蓄率は、政府による健康保険および年金制度の改善がなされた後、1995年から2008年の間に、7ポイント低下した。

 中国の貯蓄率が低下する一方で、先進国の貯蓄率は相変わらずがっかりさせられる水準にとどまるだろう。アメリカ、オーストラリア、イギリスといった国々の貯蓄率は、リーマンショック後の不況の後、若干上昇した。だが、それでも貯蓄水準は相対的に低いままである。たとえばアメリカでは、個人貯蓄率は2007年の3%から09年の6.1%に急上昇したものの、その後再び低下傾向に転じ、今も相対的に低いままである。そして、先進国経済の現在の貯蓄率の改善がたとえ20年間続いたとしても、その効果は2030年の世界貯蓄率をたった1%引き上げるにすぎない。

 2030年までに、需給の不均衡は拡大し、利用可能な世界の総貯蓄額に対し、望まれる投資総額は2兆4000億ドルを上回るという結果となるだろう。

 伝統的なマクロ経済学の視点からすれば、世界の望ましい投資額と世界中の人が喜んで行う貯蓄額との間のこうしたギャップは、実質金利に上昇圧力を加え、投資先案件が厳しく選別されることにつながる可能性がある。

 その結果、資本の生産性の改善が堅調に進まないかぎり、世界のGDP成長の陰りにつながってしまうことだろう。

一方のシナリオ2は、次回更新(2月7日予定)で掲載予定。