【 2 】

 翌朝は、小雨が降っていた。

 昨日と同じように、工事中の道を迂回して公園の中に入った。すると、あの老人がまたしてもゴミを拾っていた。それも、この小雨の中、傘もささずに黙々とゴミ拾いをしているのだ。

 夕べ帰宅して、伯母に電話してみた。「公園の老人」を見たせいか、その後の具合が気になったのだった。幼い頃、ずいぶんと可愛がってくれた伯父だったが、最近はボケが進行していて、毎日一緒に暮らしている伯母は、すでに伯父の面倒をみるのに精根尽き果てていた。ほっておくと、勝手に家を出て行ってしまう。かといって、部屋に鍵をかけておくと、ドンドンと叩いて大騒ぎになる。

「私、もう疲れたわ。おとうさんを、どこかの施設にお願いしようと思うの…」
圭介はいたたまれなくなって電話を切った。

 そんなこともあり、今度は公園の老人のことが気になってしまった。この小雨の中、大勢ではなく、たった1人で老人がゴミ拾いをしているというのは、どう見ても異常な光景に見えた。

 腕時計を見ると、出社時間にはまだ30分ほど余裕があった。腰を屈めて黙々とゴミ拾いをして歩いている老人の後を、10メートルほど後ろから付いていった。木立に隠れながら、気づかれぬように。圭介は迷っていた。声をかけようかどうしようかと。しかし、もし「ボケ老人」だったら、どうしたものか。会話になるのだろうか。

 そんなことを考えていて、ふっと気づくと老人が踵(きびす)を返して圭介の方に歩いてきた。急なことで、動けなくなってしまった。そして、ベンチをはさんで向き合う形になった。老人が口を開いた。

「おいキミ。何かワシに用かね?」

 そのしっかりとした口調に、圭介は驚きを隠せなかった。見てくれは70代でも、声には50歳くらいの若々しさがある。

「い、いえ…別に」
「別に、ということはないじゃろう。さっきからワシの後を付けてきて。最初は何者かと心配したが、見れば普通のサラリーマンのようじゃしな。しかし、知らぬ者にずっと後を付け回されるのは愉快ではないのう…」
「す、すみません」

 圭介は赤面した。どうやらボケ老人ではなさそうだ。となると、ますます疑問が膨らんだ。なぜ、ゴミを拾っているのか。
「あの、1つ、聞いてもいいですか」
「何じゃな、いきなり…。尾行の次は質問かな?」

 初対面で、まだ一言二言しか言葉を交わしていなかったが、老人の瞳の奥に、なにやら「優しさ」のようなものを感じとった。ちょっとうるさそうな人物ではあるが、敵をつくらないタイプの人間に見えたのだ。