2国間交渉に持ち込んだトランプ大統領の策略

小宮一慶
小宮コンサルタンツ代表

 少し前の話になりますが、安倍晋三首相とトランプ大統領による初の日米首脳会談は、事前に危惧されたような「無理難題」をトランプ大統領から突きつけられることもなく、むしろ、安全保障面では「強固な日米同盟」を世界にアピールして終わりました。

 もちろん日本に対する要求を撤回したわけではなく、今後は麻生副総理とペンス副大統領をトップとする、2国間交渉に交渉の場が移ります。アメリカは首脳会談では「仲の良さ」を強調しましたが、今後の自動車や農産物などの個別交渉では、こわもての面も見せてくると私は考えています。

 これからは2国間交渉になるわけですが、TPPなどの多国間交渉よりも、手ごわい交渉が待っている可能性を見過ごしてはいけないのです。

 日米首脳会談で「何も要求されなかった」ことが大きなニュースになったのは、トランプ大統領が歴代大統領にはなかったタイプの人物だからでしょう。メディアを通じて伝えられるトランプ大統領の言動を見ていてまず思うことは、オバマ前大統領までの歴代大統領は、アメリカの強大な権力や影響力を熟知している「大人」であり、自制した発言を心がけていたということです。

 一方トランプ大統領は、選挙中はもとより政権の座について1ヵ月以上が経過した今も、一般大衆受けするような発言をしたり政策を打ち出しています。「イスラム圏7ヵ国からの入国を制限する大統領令」などは、その最たるものだったと言えます。

 そのような人物がなぜ、事前予測では優位に立っていたヒラリー氏に勝つことができたのか。

 その要因として昨年11月の大統領選挙が従来の民主党対共和党という対立軸ではなかったことが挙げられます。

 共和党は政府の市場介入を最小限にとどめる小さな政府を標榜しており、比較的富裕層に支持されてきました。民主党は社会保障の厚い大きな政府を目指し、労働者や労働組合に支持されていました。

 ところが昨年の大統領選挙では、ヒラリー氏が勝利した主な州は、北東部のニューイングランドや西海岸という比較的豊かな人々が住む州でした。

 一方トランプ大統領を支持したのはアメリカ大陸中央部の「ラストベルト」(さびた工業地帯)と呼ばれるかつては栄えたものの今では経済的に低迷している工業地帯で働く人々です。つまり「富裕層」対「低所得層」という従来とは違う支持層の対決となったのです。