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3.11から時が止まったままの被災地で見た
支援の届かない現場と思い出探しにさまよう人々の姿

加藤順子 [フォトジャーナリスト、気象予報士]
2011年4月27日
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 女川町、雄勝町、北上町。石巻の市街地を外れると、震災後ひと月以上がたった今も被災直後から時が止まったかのような景色が広がっている。津波によって壊滅した集落のなかには、人の気配はほとんどない。まれに重機ががれき撤去の作業をしている所もあるが、ほとんどの集落では風と波の音、ウミネコやカラスの鳴き声以外聞こえてこない。ほんのわずかではあったが、営みの音を忘れたそんな静けさのなかにたたずむ人々に出会った。

思い出は「玄関のタイル」だけ
“なにもない”我が家へ毎日訪れる人々

土台だけが残った家。女川港を襲った約15メートルの高さの津波が、黒いうねりとなって大量のがれきと共に谷筋を駆け上った。(宮城県牡鹿郡女川町黄金町地区)
Photo by Yoriko Kato

 女川街道沿いにある女川町黄金町地区。女川港から高台にかけて細長く伸びる谷筋の集落は、格好の津波の通り道となった。女川港を襲った津波の高さは約15メートル。海から1キロほど入った住宅地でも、10メートルを軽く超す高さの水が押し寄せた痕跡がある。高台の町立病院でさえも、1階まで浸水したというから、女川を襲った津波は驚くほどの高さだった。

 集落を埋めるがれきの中、我が家があったであろう場所で、家財道具や写真を拾っては捨てている夫婦がいた。

使えそうな家財道具や写真を探していたものの、何も持たずに戻っていく夫婦。自宅のあった付近に落ちているのは、たいてい他人の家から流れ着いた物 だ。(宮城県牡鹿郡女川町黄金町地区)
Photo by Yoriko Kato

 「なんもねぇ」「なんもねぇが」

 吐き捨てるように言った夫に、妻が返す。

 ほどなくして2人は何も持たずにその場を離れていった。

 逃げながら町が津波にのみ込まれる様子を見たという主婦のサイトウさん(67)も、残ったのは家の基礎部分だけだという。唯一思い出につながるものという玄関のタイルの前にたたずんでた。

 「この辺の人はほとんど助からなかった。うちの隣でも2人、向かいは4人、避難所になっていた老人憩の家に、揺れの後に逃げた人は全員流された」

 指差した100メートルほど先の「老人憩の家」は、板張りの床だけが残っていた。犠牲者はみな、地域でずっと一緒に暮らしてきた知り合いばかりだ。

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加藤順子 [フォトジャーナリスト、気象予報士]

気象キャスターや番組ディレクターを経て、取材者に。防災、気象、対話、科学コミュニケーションをテーマに様々な形で活動中。「気象サイエンスカフェ」オーガナイザー。最新著書は、ジャーナリストの池上正樹氏との共著『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)。『ふたたび、ここから―東日本大震災・石巻の人たちの50日間』(ポプラ社)でも写真を担当し、執筆協力も行っている。他に、共著で『気象予報士になる!?』(秀和システム)。最新刊は『石巻市立大川小学校「事故検証委員会」を検証する』(ポプラ社)。
ブログ:http://katoyori.blogspot.jp/


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