ハイパーインフレ時にジンバブエで発行された百兆ジンバブエドル紙幣 Photo by Izuru Kato

「物価水準の財政理論(FTPL)」が、日本ではここ数カ月、大きな話題になっている。「異次元」といわれた日本銀行の金融緩和政策をもってしても、目標の2%に到達しないインフレ率を高める手段として注目されているのだ。

 先日、この理論を提唱するクリストファー・A・シムズ・米プリンストン大学教授が来日したが、その際には経済紙だけではなく、一般紙も大きく報じた。財政再建を先送りする理由として、FTPLが政治利用されそうな空気が流れている。

 シムズ教授は昨夏、米カンザスシティー連邦準備銀行のカンファレンスでFTPLについての講演を行った。それを契機に専門家の間でシムズ理論が話題になったが、米国では一般的な注目は浴びていない。

 先日の米国出張時に会った著名エコノミストに「日本でシムズ教授が人気だ」と話したところ、「え、何で?」と心底驚いていた。米主要紙である「ウォール・ストリート・ジャーナル」「ニューヨーク・タイムズ」「ワシントン・ポスト」のウェブサイトを検索してもFTPLの記事は出てこない。

 海外で一般にはシムズ理論が関心を持たれていない理由は、経済政策の実務にそれを導入することが、現実には想像しにくいからだと思われる。

 例えば、シムズ教授によると、政府が財政再建に対してより無責任となり、政府債務はインフレで調整されると人々が不安を抱けば、個人消費が増えて物価は上がるという。そして、インフレ率が2%を超えたら、中央銀行や財務当局はブレーキをかけて、人々の信認を取り戻すように振る舞えばいい、という考えだ。

 しかし、政府への信認を機動的に操作することは本当に可能なのだろうか。