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社長は労働法をこう使え!
2017年5月22日
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向井 蘭

裁判所が守りたい人物像は、
日本型教育のおかげで驚くほどブレない。
【特別対談】藤沢数希×向井蘭(3)

「離婚と解雇の共通点」を語る、『損する結婚 儲かる離婚』の藤沢数希さんと『社長は労働法をこう使え!』の向井蘭さん。

いろいろな共通点を話し合ううちに、「裁判官の嫉妬が判決に影響する」と語りだす藤沢さん。そこから日本社会が守ろうとしている「結婚観」「労働者像」が見えてきて……。社会のリアルを解説する衝撃対談の最終回です。(構成:平松梨沙)

裁判官の「嫉妬」が
判決に影響する?

向井 藤沢さんは、以前から労働問題にも関心があったんですか?

藤沢 以前、勤めていた銀行でね、世間を騒がせるスキャンダルがありましてね。まあ、一つひとつは形式的には合法なんだけど、全体で見ると信義にもとるデリバティブ取引をしてね。詳細は書けないんですけど。もちろん、ぼくじゃないですよ(笑)。まあ、社長がマスコミの前で頭下げて、辞任したんですよ。それで、営業停止食らってね、社内でそのディールをやったチームが吊るし上げられちゃった。で、その人たちが解雇されちゃったんです。それでね、そのうち1人とぼくがまあ、ちょっと仲がよかったんですけど、1年ぐらい裁判やってね、会社が負けちゃった、つまり、解雇無効で地位保全が認められたんですよ。

向井 へえ。

藤沢 会社はしっかりとそのディールを承認しているわけ。書面にも残ってる。それなのに、問題が起きたら、それを理由に社員だけクビにするってのは、認められない、と。それで、その人たちの月給って200万円とか300万円あるわけ。会社は、それをずっと払うことになって、まあ、裁判に負けたあと、何億円も払って和解して退職したんだけど、労働裁判って、すげーな、っていうか、クビになったほうがめっちゃ儲かるじゃん、みたいな(笑)。

向井 そういうケースは、日本だと解雇を認めないことが多いですね。逆に、会社の承認を得ていなかったり、命令に背いたりすると、解雇が認められることが多いんですけど。

藤沢 ただ、まあその事件は例外的で、解雇規制でいうと、高額所得者は守られない気がしますね。離婚が泥沼化すると高額所得者がわりを食うという話をしてきましたけれど、僕が見る限り、労働問題に関しても、解雇無効を訴えている労働者が高額所得者の場合には、会社が勝ちやすい、と思うんですよ。
 なんか、日本って、ネット見てると城繁幸さんとか池田信夫さんなんかが、とにかく会社は解雇できない、できない、と言うからそんなに解雇規制が厳しいのかと思うんだけど、高額所得者に関しては少なくとも厳しくない、というのはいろいろと漏れ聞く情報からぼくが持った印象ですね。『外資系金融の終わり』を書くとき、いろいろ調べたんですけど、高額所得者が解雇無効や残業代請求の裁判を起こしても勝てないことがけっこうあって、裁判官が自分より年収の高い人に嫉妬してるとしか思えないですね(笑)。

――向井さん、そうなんですか?

向井 うーん、さすがにそんなことはないと思いますが。

――裁判官って、年収高そうですけど。

向井 弁護士だと稼ぐ人はどんどん稼げますけど、裁判官は公務員なのでそうでもないですね。公務員としては高給でしょうが、30歳前後で600万円台、40歳前後で1000万円台くらいじゃないかと。もう少し高いかもしれませんが、最高裁長官でも2500~3000万円くらいです。(参考:裁判官の年収及び退職手当(推定計算)

藤沢 それくらいでしょう? だから年収1500万円以上の人が出てくると、「こいつは守らなくていい労働者だ」となって、見方が厳しくなる。だから、高額所得者に限って言えば、解雇規制が厳しいかというと、まったくそんなことないんですよ。判決までいかなかった裁判がいっぱいあるんです。

――判決までいかないというのは、どういうことなんですか?

藤沢 解雇無効を労働者が訴えていても、裁判官がこれは有効になるよ、と匂わせれば、労働者側もまず和解するんですよ。判決までいって解雇有効になったらゼロだから、それなりの和解金をもらったほうがいい。だから、かなり自信がないと判決に突っ込めない。判決までいくものだけ見ると、解雇無効になった例が多くなるだけで、実質もっと解雇が認められているんですよね。ぼくが見た限り、裁判官は高額所得者の場合は、解雇有効にしたいようです。おかしなことがよくある。

人間が裁くがゆえの問題

向井 たとえばどういう例なんかがそうだと思いました?

藤沢 ぼくが知ってるのは、外資系の銀行の日本法人の幹部がクビになって解雇無効を訴えた例です。東京オフィスはとても小さな銀行なんですけど、基本給が年4000万円ぐらいの人で、ずっと争ってたんですけど、経費精算したレシートのなかに1枚だけプライベートで使ったタクシーの領収書が入っていたということを理由に、これは解雇有効ですね、という話になって。そのまま安い解決金で和解させられた、という話を知り合いの弁護士に聞きました。

向井 まあ言われてみると、よくわからない理屈で高額所得者が負けてるなあ……というものはありますね。有名なものだと、モルガン・スタンレーで働いていた年収3000万円くらいの方が残業代を請求したら、雇用契約書には基本給に何時間分の残業代が含まれているなどと全く書いていないのに「原告が所定時間外に労働した対価は基本給の中に含まれている」「基本給の中に所定時間労働の対価と所定時間外労働の対価とが区別がされることなく入っていても、労基法37条の制度趣旨に反することにはならない」と言われて未払い残業代請求が認められなかった判例があります(東京地裁平成17年10月19日判決)。理論的には今でも説明がつかない判決と言われています。

藤沢 本当に、裁判官は自分より給料の高い人に厳しいんですよ。

――それは本当なのか、藤沢さんの邪推なのか……。

向井 ぼくはあくまで、日本の裁判官は私情にとらわれない公平な判断を下しているという立場ですよ。

藤沢 まあまあ(笑)。

――そういえば向井さんは、現在1年の半分は中国にいて、現地の日系企業の人事労務コンサルタントをしているんでしたよね。中国ではどうでしょうか?

向井 中国ではもっと高額所得者に厳しいですよ。中国で日系企業と中国人の労働者がもめた場合、中国の裁判所が裁くんだから、労働者に肩入れすると思う人もいるかもしれませんが、全然そんなことはなくて。日系企業のマネージャーとかになると中国の裁判官よりもずっと給料がいい。だからかは知りませんが、高額所得者に対しては本当に厳しいですね。

藤沢 ということは、やはり日本の裁判官の嫉妬もありえると思いません?

向井 いやいや(笑)。ただ、裁判所が守ろうとしている「労働者像」に偏りがあるのは否めないと思っています。嫉妬というよりも……「弱者を守りたい」意識が強い。企業側の弁護士として活動していても感じます。実際は本当の「弱者」かどうかは分かりませんが、少なくとも裁判所が保護したい労働者像は何となくあると感じます。

藤沢 そうなんですよね。中小企業の社長さんと年収300~400万円くらいの労働者だと、後者のほうが「守ってあげたい」ように見えるから、労働者が有利になる。でも、証券会社とか外資系企業の年収2000万円とか3000万円の労働者だと、「守らなくてもいいや」と思われてしまって企業が勝ちやすいんですよね。これ、マクロ経済的に見ると、むしろ日本の企業をイジメてるんですよ。強者を助けて、弱者を叩いてるの。

――マクロ経済的に見ると弱者を叩いている、と言いますと?

藤沢 だって、要するに、日本の裁判所は、社員に何千万円も払えるような外資系企業では経営側の味方で、逆に、必死に働いている中小企業の場合は、労働者側に立って、がんばっている中小企業にすごい損害を与えるわけですよね。

「弱く見える者」が勝つ!?

――向井さんは、具体的にどういうときに、裁判所が考える「弱者を守りたい」意識を感じますか。

向井 解雇に至る事前の戦略次第で、ものすごく結果が左右されるというのはありますね。紛争の初期段階で弁護士があれこれやると、かえって印象を悪くしちゃう。極端な話、きちんとした書面で社員に警告を出したり、働き方が芳しくないという証拠を綺麗にそろえて出すと、「会社は辞めさせるために計画的にやってるんだな」と裁判官に思われて不利になる可能性があります。

――え、でも裁判って証拠を提示しあうことによって進むものですよね?

向井 理論的にはその通りです。でも、「いかにもこれは退職に向けて準備しているな」的なことやるとダメです。真面目に問題社員と言われている方に向き合って、我慢の限界で解雇したような人のいい社長さんが、自分で一生懸命書いた法的には少し不備があるような注意指導の書面を証拠として出すほうが勝ちやすい。

藤沢 離婚もそうですよ。ぼくの本を読んで「よし、こうやると得する」みたいに小賢しいテクニックを考える人がいるんですけど、小賢しいことやると裁判官に引かれて大失敗しますよね。

向井 確実に引かれますね。

藤沢 裁判官は、素人のくせに法律を逆手にとって司法を出し抜こうとする人が大嫌いですからねえ。圧倒的に嫌われる。法律なんて融通無碍なところがあるから、裁判官に嫌われたら、もうジ・エンドですね。

向井 裁判所の考える「守りたい人物像」のイメージにどうやって近づけるかということが大事ですね。まあ、ヤラセは見抜かれますし良くないですけど、事実そうであることを、きちんと見せるというパフォーマンスは必要になってくる。
 いい例かわかりませんが、昔のドラマで、「スチュワーデス物語」ってあったじゃないですか。ちょっと古いか(笑)。

藤沢 ああ、聞いたことはありますね。

向井 堀ちえみさんが演じるその主役が、「ドジでノロマな亀だけど」が口癖の、もう全然仕事ができない労働者なんですよ。アメリカだと当然クビなんだけど、日本では好意的に描かれるし、ああいう労働者が必ず保護されます。「がんばります!」という声は本心だから。

藤沢 ドジでノロマな亀だけど! あ~、わかります。そういう一生懸命な人、日本人は大好き! 努力してる人が評価されるんですよね。結果ではなくね。

向井 好きですね。

藤沢 家庭裁判所でもね、子供連れた奥さんが泣きながら、「夫に暴力を振るわれて、もうどうしていいかわからず、先のことが不安でいっぱいなんです」みたいな感じで来ると、もう無敵ですね。そうかそうか、と婚姻費用なんかも幅がある計算でぜんぶ上限でポンポン決まって、何でも奥さんの言い値が通りますね。逆に、ぼくの本に書いてあるような知識をひけらかして、これだけの婚姻費用がもらえるのは当然ですよね、みたいな感じの女の人だと守られない(笑)。

向井 そういう、守りたい人物像のイメージに合致していたら、職務上の重過失を起こした人とかも、全然守られちゃいますからね。逆に高収入高学歴でプライドが高いわりには周りに迷惑をかけて仕事をあまりしない人とかには厳しくてね。「こんな仕事は俺がやる価値ない」「俺に全然あわない」と言っている人の給与4割減が有効になったことがあって(ファイザー事件東京高裁平成28年11月16日判決)、やはりそうかと思いました。普通、賃金の4割減なんて、まず確実に企業側は勝てませんから。

裁判官の「結婚観」「労働観」は
日本社会が作り出している

――結婚も労働も、法律だけじゃなくて「裁判官に対しての心象」が非常に重要になるということですね。

向井 ふつう数学や物理なら、同じ条件だったら同じ答えが出るじゃないですか。ぼくも司法試験に受かったばかりのころは、裁判でもそれくらい同じ答えが出ると思っていたんですけど……全然違いましたね。商取引の分野などはある程度機械的に結果が出るようになっていますが、労働や家事分野のような、人間の感情が強く絡んでいる分野は難しい。

藤沢 でもおもしろいのが、そういう感情が絡んできて、個人個人の価値観で判断しているにもかかわらず、裁判所全体で共通の「守ってあげたい像」というのは、こうしっかりと定義されていて、ブレないんですよ。日本の司法は。

向井 誰が裁判官でも同じような判決が出るという意味では、日本はとても公平ですね。多くの裁判官は、20代で司法試験に受かってそのまま裁判所に入って、同じ教育を受けて同じ環境で働いていきますから、価値観が似てくるのは否めないでしょう。

藤沢 日本は本当に、ある意味ですごい法治国家なんですよ(笑)。それはなぜか、と突き詰めて考えていくと、裁判官というのは、まあ、文系の中では一番勉強ができた人たちなわけです。中学受験や大学受験の現代文なんかの「この人の気持ちを答えなさい」みたいな問題でね、出題者の「どういうことを書いてほしいか」を見抜いて、たった一つしかない「正解」をドンピシャリと書いてきたような人たちばかりなんですよ。まあ、だから、ぼくは日本の教育って、ある意味で、優秀な裁判官を育てるためにあるんじゃないかと思ったほどですよ(笑)。

――いつのまにか、日本社会全体のありかたの話になってきました。

向井 解雇も離婚も、日々日本中で営まれている結婚生活と労働と密接に関係してますからね。その現場で起きている問題や生まれている価値観は、日本社会全体に影響していますよ。

藤沢 離婚にしろ解雇にしろ、1回関係のできた人を勝手な都合で切ることを、本当に人殺し並みの悪だととらえられている、という気がします。

向井 諸外国に比べて「関係を切る」ことに対して、ものすごくデリケートですよね。

シングルマザーを助けるのは、
コンピではない

藤沢 あと、話は変わりますが、最近びっくりしたのが、日弁連が婚姻費用や養育費をさらに引き上げる新算定表を発表したこと。だいたい1.5倍ぐらいに引き上がるんですよ(笑)。特に高額所得者の上がり方が激しい。まあ、まだ、家庭裁判所では、単に日弁連の意見としているだけで、新算定表を使いはしないのですが、とにかく引き上げてきた。
 その理由が、「シングルマザーの貧困の増加」を理由にしてるんですけど、どう考えてもおかしいんですよ。だって、いまでもちゃんと婚姻費用や養育費を払うようなまともな所得のある男と離婚した奥さんはすごい恵まれてて、問題は、そもそも法律を無視して不払いをしている低所得の男性たちなんですよ。養育費なんて8割払われてないんだから。

向井 それは労働問題も同じで、結果的にブラック企業から本当に守らないといけない労働者は守れないことが多いですね。

――高額所得者のコンピを引き上げたからといって、貧困に苦しんでいるシングルマザーは救済されない気はしますね。

藤沢 そう。だから日弁連は、コンピの額なんかよりも、養育費をちゃんと取り立てる、執行の部分を改善しないといけないんですよ。いまでも高額所得者の奥さんは恵まれ過ぎていて、法律でも守られ過ぎているんです。低所得なダメな旦那と離婚した奥さんは、養育費もせいぜい3万円、4万円程度で弁護士なんて雇えないから、自分で強制執行の手続きしないといけないんですよね。まあ、そういうお母さんのほとんどは、自分でできないんで、低所得なダメ旦那との離婚は、もう無法地帯になっちゃってる。それが養育費の8割が支払われていない理由です。

向井 そういう低額な養育費の差し押さえなんかは、コストが高くなっちゃいますよね。弁護士にとっては仕事として厳しいのかもしれません。でも、そのお金がシングルマザーには死活問題になってくるのですよね。最近ようやくメガバンクが債務者の口座の情報を提供する流れになってきましたが、まだまだ改善の余地がありますね。

藤沢 日弁連は不払いの養育費の差し押さえなんかを、誰でも簡単にできる制度をつくるべきなんじゃないですかねぇ。それなのにいまでも高額所得者と結婚できた奥さんばかり守ろうとするんですよ。強きを助けて、弱きをくじいている。

向井 そのためには、やはり皆さんに現実を知ってもらうことですね。「離婚や解雇の現場では実はこういうことも起きているんだよ」と知ってもらうことが、改善の第一歩ですから。

(おわり)

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    向井 蘭(むかい らん)

     

    弁護士。1975年山形県生まれ。東北大学法学部卒業。2003年に弁護士登録。狩野・岡・向井法律事務所所属。経営法曹会議会員。労働法務を専門とし、解雇、雇止め、未払い残業代、団体交渉、労災など、使用者側の労働事件を数多く取り扱う。企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務めるほか、『ビジネスガイド』(日本法令)、『労政時報』(労務行政研究所)、『企業実務』(日本実業出版社)など数多くの労働関連紙誌に寄稿。
    著書に、『時間外労働と、残業代請求をめぐる諸問題』(共著、産労総合研究所)、『人事・労務担当者のための 労働法のしくみと仕事がわかる本』(日本実業出版社)がある。


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