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社長は労働法をこう使え!
【第4回】 2012年4月5日
著者・コラム紹介バックナンバー
向井 蘭

年収3000万円のパイロットの賃金も下げられず、
痴漢をした車掌にも退職金を支払う

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気鋭の労務専門弁護士である向井蘭氏が、労働法と労務トラブルのポイントを「経営者のために」解説する連載。第4回は、賃金や手当を下げることは非常に難しいという現実と、それらを定める就業規則に関する意外な事実を紹介する(文中の判例を明示していない事例は、事実をもとに改変を加えたものです)。

JALもパイロットの賃金を下げられなかった

 会社の経営状況が苦しくなると、経営者としては人件費を削りたくなります。とくに労働者の勤務実態に合わない手当を毎月支払っている場合、それを削減したいと考えるのは当然です。しかし一度定めた賃金は、たとえ手当であっても労働者の同意がなければ削減できません

 経営が非常に厳しい状況に立たされた日本航空(JAL)は、機長に支払っていた「機長管理職長時間乗務手当」の制度を廃止しようとしました。休息時間も乗務手当の支給対象となっていた扱いをとりやめたりするなどの施策も実施しました。しかし機長はこれを不服として訴訟を起こしたのです。

 日本航空も裁判になるのは予想していたはずですから、訴訟に勝つ自信はあったのでしょう。ところが東京地裁は、未だ業績は回復していないとして経費削減の必要性は認めつつも、長時間乗務手当の削減は不当と判断し、原告側の勝訴としたのです(日本航空事件 東京地裁判決平成15年10月29日)。

 このときに裁判官が重視したのは、削減した手当の平均額です。1人当たり1年で137万円の減額は、絶対額として相当大きいと判断しました。しかし原告の年収は3000万円を超えていますから、これは賃金の5%弱です。相対的に見ればそれほど大きな金額でもないでしょう。それでも裁判所は、年収が高額とはいえ、1年で100万円を超える賃金削減は合理的ではないと判断したわけです。

 この判決には疑問を感じずにはいられません。長時間乗務手当を削減した1996年当時、日本航空はたしかに赤字ではありませんでしたが、大幅なコスト削減の必要性に迫られていたのは事実です。本来なら、管理職である機長が先頭に立ってリストラに協力し、会社経営の再建を図るべきでしょう。管理職が自分の権利を主張しているようでは、その下で働く労働者がリストラを受け入れるはずがありません。その結果、2010年に日本航空は破綻してしまったわけです。

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    向井 蘭(むかい らん)

     

    弁護士。1975年山形県生まれ。東北大学法学部卒業。2003年に弁護士登録。狩野・岡・向井法律事務所所属。経営法曹会議会員。労働法務を専門とし、解雇、雇止め、未払い残業代、団体交渉、労災など、使用者側の労働事件を数多く取り扱う。企業法務担当者向けの労働問題に関するセミナー講師を務めるほか、『ビジネスガイド』(日本法令)、『労政時報』(労務行政研究所)、『企業実務』(日本実業出版社)など数多くの労働関連紙誌に寄稿。
    著書に、『時間外労働と、残業代請求をめぐる諸問題』(共著、産労総合研究所)、『人事・労務担当者のための 労働法のしくみと仕事がわかる本』(日本実業出版社)がある。


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