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「引きこもり」するオトナたち

震災時、「引きこもり」はどんな気持ちだったか
“生還した息子”の母が語る
大津波から逃げなかった理由

池上正樹 [ジャーナリスト]
【第82回】

 人や社会とつながりをもてずに暮らしてきた「引きこもり」の人たちは、東日本大震災のとき、どうしていたのだろう。

 被災地に数多くいるはずの彼らも、自力で避難することのできない“災害弱者”になってしまったのではないか。

 震災後、何度も被災地入りするうちに、津波が来る前、高齢者や足腰の弱い被災者たちは、遠くの避難場所に逃げる時間がなく、自宅の2階に「避難」したという証言を幾度となく聞いた。ところが、地域によっては「想像を超える」高さの大津波に飲まれ、家ごと流されていった被災者も少なくない。

 こうした状況に際して、「引きこもり」状態だった人たちは、どう行動したのか。

 そんな問いが頭から離れなくて、被災地に行くたびに、「引きこもり」を巡る取材も続けている。

 前々回、震災後、2階に上がって家から出て来ないまま、津波に飲まれた当事者の話を書いた。今回も、やはり家の2階から出て来られなくて、津波に飲み込まれたものの、奇跡的に生還したという話を紹介したい。

震災までの15年間、
引きこもり続けた息子(48歳)

 岩手県野田村に住む48歳の男性は、地震が起きたとき、母親(72歳)とともに、2階建ての自宅で暮らしていた。

 国道45号線近くにある自宅からは、目の前に三陸鉄道北リアス線の線路と松林が見えて、その向こうには防潮堤があった。

 8月中旬、筆者は、野田村の仮設住宅に入居している母親にインタビューした。男性は、盛岡市の病院に入院していた。

 男性は元々、地元の高校に通った後、東京都内の解体関係の業務を請け負う会社に勤めていた。

ところが、15年ほど前に倒産。その後、仕事がなくなり、新聞配達などをしながら、住居を転々としていた。仕事を探していたが、見つからず、結局、故郷に戻ってきたという。

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池上正樹 [ジャーナリスト]

通信社などの勤務を経て、フリーのジャーナリストに。主に「心」や「街」を追いかける。1997年から日本の「ひきこもり」界隈を取材。東日本大震災直後、被災地に入り、ひきこもる人たちがどう行動したのかを調査。著書は『ひきこもる女性たち』(ベスト新書)、『大人のひきこもり』(講談社現代新書)、『下流中年』(SB新書/共著)、『ダメダメな人生を変えたいM君と生活保護』(ポプラ新書)、『あのとき、大川小学校で何が起きたのか』(青志社)など多数。TVやラジオにも多数出演。厚労省の全国KHJ家族会事業委員、東京都町田市「ひきこもり」ネットワーク専門部会委員なども務める。YAHOO!ニュース個人オーサー『僕の細道』

 


「引きこもり」するオトナたち

「会社に行けない」「働けない」――家に引きこもる大人たちが増加し続けている。彼らはなぜ「引きこもり」するようになってしまったのか。理由とそうさせた社会的背景、そして苦悩を追う。

「「引きこもり」するオトナたち」

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