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「生き証人」が語る真実の記録と教訓~大震災で「生と死」を見つめて 吉田典史

海保の“海猿”に立ちはだかる遺体捜索の非情な壁
危険な海底で潜水士が見た「津波の教訓」とは

――海上保安庁巡視船「おきつ」の潜水班長・大谷直耕氏のケース

吉田典史 [ジャーナリスト]
【第10回】 2011年10月25日
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 「海猿」(うみざる)と聞くと、海上保安庁の潜水士が頭に浮かぶ。

 彼らもまた、3月11日の震災直後から被災地で捜索活動を続けている。半年以上の月日が経つだけに捜索は難航しているようだが、粘り強い活動により、今も遺体を発見している。

 今回は、その潜水士に取材を試みることで「大震災の生と死」について考える。


被害の範囲はかつてないほど広大
潜水士に立ちはだかる「遺体捜索の壁」

潜水班長を務める大谷直耕氏。潜水士のキャリアは10年を越える

 「私たちの潜水捜索の技術には問題ないが、被害を受けた地域が広く、捜索の範囲は膨大なものになっている。このことが、捜索を難しくしている」

 海上保安庁のPM型巡視船「おきつ」(第三管区清水海上保安部所属)の潜水班長を務める大谷直耕(なおやす)氏(37歳)は、赤く日焼けした顔でこう答えた。私が「被災地での捜索は難航しているのではないか」と尋ねたときだった。

 映画『海猿』で知られる海上保安庁の潜水士は、船が海で遭難したときなどにも出動することがあるが、今回の震災はそれとは捜索の範囲が異なるという。

 「船の捜索は、通常行方がわからなくなった場所がある程度特定されている。だから、捜索の範囲は限られる。今回はそのように特定されていないから、捜索の範囲が自ずと広くなる」

 当然、海上保安庁も巡視船や潜水士の数は限られている。あの広い海での捜索が難しくなることは、避けられないのだろう。まして遺体は長時間、海底に沈んでいる。これも捜索を難しくする。大谷氏は「被災地の三陸沿岸は地形が入り組んでいることも、捜索範囲が広くなる一因」と言う。

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吉田典史 [ジャーナリスト]

1967年、岐阜県大垣市生まれ。2006 年からフリー。主に人事・労務分野で取材・執筆・編集を続ける。著書に『あの日、負け組社員になった・・・』『震災死 生き証人たちの真実の告白』(共にダイヤモンド社)や、『封印された震災死』(世界文化社)など。ウェブサイトでは、ダイヤモンド社や日経BP社、プレジデント社、小学館などで執筆。


「生き証人」が語る真実の記録と教訓~大震災で「生と死」を見つめて 吉田典史

震災から5ヵ月以上が経った今、私たちはそろそろ震災がもたらした「生と死の現実」について、真正面から向き合ってみてもよいのではなかろうか。被災者、遺族、検死医、消防団員、教師、看護士――。ジャーナリストとして震災の「生き証人」たちを詳しく取材し続けた筆者が、様々な立場から語られた「真実」を基に、再び訪れるともわからない災害への教訓を綴る。

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