台頭する新興国と、守りに入る覇権国の衝突がいつしか「引くに引けない」状況に追い込まれて戦争に突入する――。その要件を、過去500年の事例から分析し、現代の米中関係への示唆を提示した、アメリカ2017年上半期のベストセラー歴史書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』。著者のグレアム・アリソン教授はハーバード大学ケネディ行政大学院の初代学長で、政治学の名著『決定の本質』(日経BP社)の著者として知られ、しかもレーガン~オバマ政権の歴代国防長官の顧問を務めた実務家でもあります。壮大な歴史から教訓を得て、米中関係を中心に世界のパワーバランスはどう変わるのか、そしてそのとき日本はどう動くべきか、を考えていくうえの必携書である同書発売を記念して、「はじめに」の一部をご紹介します。

 中国は眠らせておけ。目を覚ましたら、世界を震撼させるから──。

ナポレオンの警告が現代によみがえる

 ナポレオンがそう警告したのは、200年前のことだ。そして今、中国は目覚め、世界を揺るがし始めている。

 ところが多くのアメリカ人は、中国が農民中心の後進国から「史上最大のプレーヤー」に変身したことが、自分たちにとって何を意味するのか考えようとしない。そこで本書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』では、「トゥキディデスの罠」について学ぶことを提案したい。

 新興国が覇権国に取って代わろうとするとき、新旧二国間に危険な緊張が生じる。現代の中国とアメリカの間にも、同じような緊張が存在する。それぞれが困難かつ痛みを伴う行動を起こさなければ、両国の衝突、すなわち戦争は避けられないだろう。猛烈な勢いで成長を遂げる中国は、アメリカの圧倒的優位に挑戦状を突きつけている。このままでは米中両国は、古代ギリシャの歴史家トゥキディデスが指摘した致命的な罠に陥る恐れがある。2500年前のペロポネソス戦争を記録したトゥキディデスは、「アテネの台頭と、それによってスパルタが抱いた不安が、戦争を不可避にした」と書いている。

 この考察は、その後の歴史で繰り返される危険なパターンを言い当てている。私がハーバード大学で指導する「トゥキディデスの罠プロジェクト」では、過去500年の歴史を調べ、新興国が覇権国の地位を脅かしたケースを16件見つけた。よく知られるのは、100年前に工業化して力をつけたドイツが、当時の国際秩序の頂点にいたイギリスの地位を脅かしたケースだろう。その対立は、第一次世界大戦という最悪の結果を招いた。このように戦争に行き着いたケースは16件の対立のうち12件で、戦争を回避したのは4件だけだった。現代の米中関係の先行きを考えるとき、あまり励みになる数字ではない。

 本書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』は、中国そのものではなく、中国の台頭が、アメリカと国際秩序に与える影響をテーマにしている。第二次世界大戦後、アメリカ主導でルールに基づく国際秩序が構築された結果、70年にわたり大国間で戦争のない時代が続いた。現代人のほとんどは、戦争がない状態が普通だと思っている。だが、歴史家に言わせれば、これは史上まれにみる「長い平和」の時代だ。そして今、中国はその国際秩序を覆し、現代人が当たり前のものとして享受してきた平和を、当たり前でないものにしようとしている。

 2015年の米中首脳会談で、バラク・オバマ米大統領と中国の習近平国家主席はトゥキディデスの罠についてじっくり話し合った。オバマは、中国の台頭が構造的ストレスを生み出してきたが、「両国は意見の不一致を管理できる」と強調した。また両者の間で「大国が戦略的判断ミスを繰り返せば、みずからこの罠にはまることになる、と確認した」と習は明らかにしている。

 そのとおりだ、と私も思う。米中戦争は今ならまだ回避できる。

 トゥキディデスも、アテネとスパルタの戦争も不可避ではなかった、と言うだろう。「トゥキディデスの罠」は、運命論でも悲観論でもない。メディアや政治家のレトリックにまどわされず、米中間に巨大な構造的ストレスが存在することを認め、平和的な関係構築に努めなければならない、という警鐘だ。