アメリカが安全保障面以外に国際秩序の維持に関心をもっていないとすれば、日本はどのような戦略をとるべきか?多層的な貿易関係の輪を広げることの意義やメリットとは?2017年上半期の米アマゾンのベストセラー歴史書『米中戦争前夜 新旧大国を衝突させる歴史の法則と回避のシナリオ』邦訳版の刊行を記念して行った、国際政治学者の田中明彦・政策研究大学院大学長へのインタビュー後編をお送りします。世界のパワーバランスの変化は米中2ヵ国間をみるだけで十分か、また中国よりむしろアメリカが戦争を仕掛ける恐れはないのか、北朝鮮で不測の事態が起こったらどのようなリスクが考えられるうるのか?などを伺った前編につづいて、安全保障面以外で日本がとるべき戦略について聞きました。

――トランプ米大統領が「アメリカ・ファースト」と言いながらも、アメリカは安全保障面では伝統的な戦略を踏襲しているとのことですが、外交や経済の戦略面ではいかがですか。

田中明彦(たなか・あきひこ)プロフィル:政策研究大学院大学学長。専門は国際政治学。東京大学教養学部卒業、マサチューセッツ工科大学政治学部大学院卒業(Ph.D.取得)。東京大学東洋文化研究所教授、同所長、同大副学長、独立行政法人国際協力機構理事長などを経て、2017年4月より現職。2012年紫綬褒章受章。『新しい「中世」』(日本経済新聞社、1996年、サントリー学芸賞受賞)、『ワード・ポリティクス』(筑摩書房、2000年、読売・吉野作造賞受賞)など著書多数。(撮影:疋田千里)

 軍事安全保障面以外でいえば、国際秩序の維持にアメリカは関心をもっていません。

 しかし、現在の国際秩序は日本にとっては代えがたいものです。自由主義的に開放された国際秩序のもと、法の支配が守られ、世界貿易がより自由になって投資環境が今後もさらによくなるよう、みずから働きかけていくべきです。世界秩序をより自由化する方向で、それをどこか強い国だけで決めるのでなく国際機関などを通じて小さい国の意見も反映していかなければいけません。

 TPPについて、アメリカが離脱後もあきらめずに残り11ヵ国で基本合意したのは良かったと思いますし、できるだけ早く発効させるべきでしょう。そして、2017年7月にベルギーでの高級事務レベル会合で大枠合意した対EUEPA(経済連携協定)もすすめていかなければいけません。

 このほか、世界の約半数にあたる約34億人、GDPにして約20兆ドルという経済圏につながるRCEP(東アジア地域包括的経済連携。アールセップ。日本、中国、韓国、インド、オーストラリア、ニュージーランドの6ヵ国がASEANともつ5つのFTAを束ねる包括的経済連携構想)もあります。交渉妥結できれば、TPPに入っていない中国やインドも加わっていますから、その意義は大きいといえるでしょう。

――アメリカは多国間の枠組みにあまり興味がなさそうです。

 日本にとっては、こうした多層的な枠組みで、できるだけ多角的な貿易関係の輪を広げていくことが重要です。そのリーダーシップをとるには、日本が適しているとも思っています。トランプ米大統領は面白く思わないかもしれませんが、アメリカ全体の利益からすればそのほうが好都合なはず。いずれかの段階でアメリカも自由貿易の輪に戻ってきてほしい、と言い続けながら、日本は多角的な秩序作りを粛々と進めていくべきです。

 2017年4月に重点方針が発表された「自由で開かれたインド太平洋戦略」にも、非常に期待しています。2016年8月にケニアで開かれたTICAD(アフリカ開発会議)で安倍首相から提起されました。まだ大枠だけで、肉付け部分がはっきりしませんが、協力・連携内容のネタは沢山あります。日豪印の関係強化を中心に、この地域の経済開発に協力していくべきです。これまでもJICA(国際協力機構)のプロジェクトなどを通して、このインド太平洋地域の発展に取り組んできているので、関係各国と協力していっそう強化していくことになるでしょう。

インド太平洋戦略は中国対抗策ではない

――「自由で開かれたインド太平洋戦略」では中国とも連携できるでしょうか。

 この「インド太平洋戦略」について、メディアはすぐに中国をけん制する戦略だと言い始めるんですね。中国の「一帯一路」構想への対抗策だ、と。たしかに中国は、中国西部と中央アジア、欧州を結ぶシルクロード経済帯(一帯)と、中国沿岸部、東南アジア、インド、アフリカ、中東、欧州と連なる21世紀海上シルクロード(一路)からなる経済・外交圏をめざしているので、一部重なります。ただ、“インド太平洋”といっても、インドはインド洋の意味ですよ(笑)。

 このインド太平洋戦略には、対中戦略よりもっと大きな意義があると思います。この地域が今後世界経済の成長センターとなるであろうという認識が極めて重要です。日本経済の成長のためにも世界秩序の維持のためにも、インド洋と太平洋を包摂するこのエリアと関係を強化することが大事だ、と考えるべきです。

 無論、中国の行き過ぎた行動をけん制するのは大事です。南シナ海で勝手に埋め立てをはじめフィリピンが申し立てた国際仲裁判断も無視したり、一帯一路構想のもと、スリランカの返済能力を無視して高金利債務を負わせ援助によって建設した港の運営権を獲得してしまったかつての帝国主義国のようなやり方には声を上げるべきです。

 つまりインド太平洋地域は、成長センターとしての巨大な可能性を秘めていますが、すべてがバラ色かといえばそうではない。この地域が大国間紛争の場になることを防ぐことが必要だし、さらに、この地域内部には、いまだに内戦や国内不安をかかえる国々が数多く存在します。テロリストが拠点をおいている国々も、この地域の周辺に存在します。成長可能性が大きい一方、リスクも大きいエリアなのです。まさに、この地域に対処することこそ、安倍外交の腕の見せ所だと思いますし、だからこそ「自由で開かれた」という方向性を打ち出す意味もあると思います。中国にとってもこの地域は重要であるにきまっないます。中国と対抗するのではなく、この戦略に中国も巻き込み協力しながらやっていくべきです。

――インド太平洋戦略を具体化するには、国内の関係省庁の調整が小さいようで大きな課題になりそうです。

 このインド太平洋地域が広すぎるがゆえに、担当する政府機関がないことは、戦略を具体化するうえでボトルネックになりかねません。外務省なら、アジア大洋州局、中東アフリカ局を中心に省内のほとんどの局が関係します。取り組むテーマによっても、インフラ整備、工業化となると、国交省や経産省など他の省庁も関係してきます。かといって、新しい部局をつくるのも現実的ではありません。今ある部局を繫ぎ合わせて、縦割りでなく、有機的な仕組みをどうつくっていくか。

 こうした課題は、今回に限りません。たとえば、ミャンマーから大量の難民が隣国バングラディシュに流出している昨今のロヒンギャ問題の対応においても、ビルマとバングラディシュでは外務省内の担当課が違うし、JICAでは部も異なります。でも現実には地つづきですから、課題に合わせて機関を超えた形で取り組めないといけません。

 思うに、国家安全保障会議のもとで担当をつくり大きな見取り図を示して、各省各課に割り振っていく進め方がいいのではないでしょうか。外務省がASEANのために地域政策課をつくったように、それをもう少し拡充してアフリカまで広げた担当課をつくるというのもありえますが、いずれにしても外務省の中ですべて山分けとはいかず、政府全体としての調整・意思決定の仕組みが必要です。