日本企業が企業価値経営を本格的に推し進めるうえで、いま、大きな壁が立ちはだかっている。CEOは継続的な企業価値向上を意識した経営アジェンダを設定できているのか。CxOはみずからのミッションに基づいたアジェンダにブレイクダウンできているのか。日本総合研究所の山田英司氏が、日本企業にふさわしいリーダーシップチームのあり方を説く。

自社のビジネスモデルに
最適なガバナンス体制を考える

編集部(以下青文字):近年、日本企業のコーポレートガバナンス改革が進んでいますが、現在の状況をどのように見ていますか。

「名ばかりCxO体制」を変革せよリーダーシップチーム再構築の道日本総合研究所 理事
山田英司
EIJI YAMADA
早稲田大学法学部卒業、英国国立ウェールズ大学経営大学院(MBA)、EUビジネススクール(DBA)修了。事業会社のグループ経営管理部門を経て、現職。グループ経営、M&A、ガバナンスなどのコンサルティングに従事するとともに、ベンチャー企業のCFOや監査役、大手企業の社外取締役を歴任。著書に『ボード・サクセッション』『スキル・マトリックスの作成・開示実務』(ともに中央経済社、2021年)、『グループ・ガバナンスの実践と強化』(税務経理協会、2020年)。

山田(以下略):2015年のコーポレートガバナンス・コードの施行から10年が経過し、特にプライム企業を中心に対応が進んできました。たとえばTOPIX100企業では、社外取締役の比率が2023年に初めて半数に達し、2025年で53.9%となりました。委員会設置会社への移行も進み、2025年には55社に増加しています。

 しかし問題は、その多くが形式的な対応に留まっている点です。そして、それらが本当に企業価値向上につながっているかという実質的な評価も十分ではありません。日本企業は「コンプライ」(遵守)することに注力していますが、本来重要なのは「エクスプレイン」、つまりなぜその施策を行うのか、あるいは行わないのかを説明することです。自社のビジネスモデルに合わないのであれば、やらない理由をきちんと説明すべきなのですが、そこまで至っていない企業が多いのが現状です。

 形式的な対応から実質的な改革へ移行するには、企業価値向上という本来の目的に立ち返り、自社のビジネスモデルに最適なガバナンス体制を構築することが重要です。ガバナンス改革は、企業価値の毀損を防ぐ「監督」機能の強化と、企業価値を創出する「執行」体制の強化という2つの柱で構成されています。これまでは監督機能の強化に偏っていましたが、実際に価値を創出するのは執行側です。

 ガバナンスにおいては、「執行」と「監督」の分離が重視されていますが、いくら立派な監督体制を整えても、現場である執行側が価値を創出しなければ意味がありません。その観点では行政も最近、執行体制の強化に注目し始めています。経済産業省では2024年9月に「稼ぐ力」の強化に向けたコーポレートガバナンス研究会が発足し、執行体制の強化を企業に促すことについて議論が行われています。投資家の目線も監督機能から執行機能へとシフトしており、「きちんと価値を創出できる執行体制なのか」という点が問われるようになっています。

 執行体制強化の具体的な施策として、CxO体制の導入が進んでいますが、成果は出ているのでしょうか。

 CxO体制の導入が進んでいる背景には3つの理由があります。

 第1に、グローバルビジネスへの対応です。海外企業と仕事をする際、同格のポジションで対応する必要がありますが、日本の従来の役職名では相手側に理解してもらえないケースが多いのです。 第2に、投資家への対応です。日本の株式市場の37〜38%が外国の機関投資家で占められており、その多くがアメリカの投資家です。彼らにとってCxO体制は当たり前のため、理解しやすい執行体制として説明できることが重要になっています。 第3に、人材の確保と育成です。他社から優秀な人材を採用する際、「CFOの仕事」「CHROの仕事」など、グローバルで共通化されたジョブ定義があることで、必要な領域の専門性を社内外で確保できます。

 日本企業におけるCxO体制の導入状況を見てみると、TOPIX100企業のうち、CxOの呼称を利用しているのは80社。特にCFOは67社、CHROは42社と増加傾向にあります。ただし、これらの多くは既存の本部長をCxOに読み替えただけのケースが多く、実質的な変革には至っていない例も散見されます。

 日本企業と欧米企業のCxO体制には、どのような違いがありますか。

 最も大きな違いは、リーダーシップチームの構成と運営方法にあります。アメリカやイギリスの企業では、CEOを中心に10人程度の少数精鋭でリーダーシップチームを構成します。このチームのメンバーは、担当領域を超えて経営全般について積極的に議論します。一方、日本企業の場合、経営会議という名称で数十人が参加するケースが珍しくありません。しかも、各自が自分の担当領域の報告をするだけで、担当外の領域には口を出さない。議事進行も予定調和的で、アジェンダに各議題の所要時間が細かく定められているようでは、本当の議論はできません。

 加えて、CxOの配置や位置付けに違いがあります。日本企業は比較的多角化志向であるため、全社戦略として事業ポートフォリオマネジメントをCSOが担うことが多いですが、単一事業においてはその役割は薄れます。そのため、アメリカ・イギリスでは、CSOが事業戦略を担う、もしくはCMOなどで代替されることが多いのです。また、日本ではCFOの職務が財務会計や資金調達に限られてしまうこともありますが、本来のCFOは経営計画や予算、投資判断、さらには資本政策など別部門の機能に広がることが求められます。このように、日本企業がCxO体制に移行する場合、権限と責任を明確化するために、CxOにひも付く組織・機能の再編を行う必要があります。