クリスティーズで世界に挑む

 クリスティーズやサザビーズなど、世界的なオークションに作品を出す。

 これはアートの第一線で戦うための第一歩となる。

 アーティストが一人で「いいものを描いたからよろしくお願いします」と言って相手にされる世界ではない。

 オークションに出すためにはギャラリーの力が必要で、私もギャラリーのおかげでクリスティーズに出品することができた。

 アーティストにとって、ギャラリーとの出会いは重要だ。販売や展覧会もギャラリーが取り仕切るし、エージェント的な役割もしてくれる。

 また、海外では「いろいろな個展を見るよりも、大きなアートフェアのほうがいい」という流れがある。スイスのアート・バーゼルやベネチアのビエンナーレなどには力のあるアーティストの作品が集まるから、「いっぺんに見られる」と人も集まる。

 コレクターやディーラー、新しいアーティストを探しているギャラリーも詰めかける。

 アートフェアは、アーティストの側にとってもチャンスの場だ。しかし、アートフェアの出品はギャラリー単位で、個人では出せない。

 さらにギャラリーならどこでも出品できるわけではなく、一流のアーティストを抱えている力があるギャラリーに限られている。

 「クリスティーズに出品する」となったときも、ギャラリーとどんな作品にすべきか相談した。

 経験豊富なギャラリーの判断があったうえで、クリスティーズの審査があり、それでようやく出品となった。

 だが、出品してめでたし、めでたしではない。

 オークションである以上、落札されなければならない。あらかじめエスティメート(査定価格)は決まっており、エスティメートを超えないと、作家として次のステージには進めない。

 一人のコレクターがぽんとエスティメートで落札すればいいというものでもなく、ある程度は競りあげなければならない。

 数人が入札して価格が競りあがっていかなければ、世界の舞台は遠ざかる。とても厳しい世界なのだ。

 アーティストが生産部門、ギャラリーが営業部門という体制を取り、アートを販売するのが、「プライマリー・マーケット」。

 だが、アートは一回売れておしまいではない。絵を買ってくれたコレクターが、その作品を他のコレクターに売ったり、オークションに出すこともある。これを「セカンダリー・マーケット」と呼び、アートシーンではこれも重要だ。

 「デビューしたての頃に個展(プライマリー・マーケット)で一〇万円で買った作品をオークション(セカンダリー・マーケット)に出したら一億円になった」なんてすごい話もある。絵は一人の人がずっと所蔵しているとは限らない。

 逆に、セカンダリー・マーケットで安く売られてしまうと、アーティストの評価も下がる。コレクターによってオークションに出された作品が不落札になり、歩み始めた道が閉ざされることもある。

 コレクターはアートを愛する人がほとんどだけれど、投機目的の人もいるわけで、リスクは常にある。ただし、いろんな人がいてこそ盛りあがるのだ。

 だからアーティストを抱えるギャラリーには、セカンダリー・マーケットで自分たちのアーティストの作品が不本意な値段で扱われないよう、自ら適正価格で買い支える「体力」が不可欠だ。

 つまるところ、ただ海外に出たいという想いでデビューしても、しっかりしたギャラリーなしではどうにもならない。

 最初はややこしくてよくわかっていなかったが、だんだん仕組みを理解するにつれ、クリスティーズ出品は達成ではなくチャレンジであると知った。

 私が初めてクリスティーズの現場を見たのは、ニューヨークで3.11のチャリティーセールに村上隆さんが出品していたときだった。

 会場では、アートの世界に携わっている人たちがカタログを片手に、「これは不落札。これはいくらで落札」と、アーティストの名前の横に、全部数字をメモしていた。

 出品している何人ものアーティストの中から、「落札された」という印がつけられていく。

 私が初めてクリスティーズに出品したのは、「遺跡の門番」。緊張や不安があったが無事シンガポール在住のコレクターに落札された。

 その方はずっと私の絵を集めてくださっていて、「お祝いだから」と高額で手を挙げてくださったのだ。

 まだつま先くらいだけれど、世界の入口に踏み出した。