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そして生かされた僕にできた、たった1つのこと
2012年3月6日
著者・コラム紹介バックナンバー
ダン・カロ,スティーヴ・アーウィン,奥野節子

【第2回】
僕の外見を、秘密にすることはできない。
だから、世の中から隠れるのではなく、
立ち向かう決意をした
両親の愛が驚くべき回復へと導き、 鏡を見た僕は、自分が大好きになった

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長い病院での日々、心ない人たちの言動に傷つきながら学んだことは、「大切なのは外側でどう見えるかではなく、内側でどんな人間であるか」。ついに鏡を見つけ、自分の顔を見ることになった少年が抱いたのは、意外な感想と決意だった。感動の軌跡を追った連載、第2回。

昏睡状態の僕をよみがえらせたもの

 何度もの皮膚移植を繰り返し、空気感染を防ぐためのプラスチックテントの中で、死んだように横たわっている僕。

 そんな僕のベッドのそばに、母は毎日、朝早くから面会時間が終わるまで座り、包帯の上から僕の顔をなで、子守歌を歌い、童話を読んでくれたそうです。

 そんなある週末のこと。

 父が、映画『ロッキー2』のテーマ曲が入ったカセットテープを持ってきてくれました。父は、僕がこの映画を大好きなのを知っていたのです。

 父がカセットをかけ、小さなスピーカーからあのテーマ曲が流れだした瞬間、ほとんど昏睡状態だった僕の体が、ピクピクと動き始めたのです。

 数分もしないうちに、包帯を巻いた足が、音楽に合わせてトントンと拍子をとっていました。

 僕は、何とかして起き上がり、プラスチックの覆いから這い出て病棟の中を走り出そうと闘っていたのです。

 僕のこの反応を見て、両親は大喜びしました。
プラスチックテントと包帯の下で、愛するわが子が、今も生きていて、足を蹴っているのを目撃したのですから。

 それは、回復に向けたとても長い道のりに、ためらいがちな最初の一歩を踏み出した瞬間でした。

手術の数日後、ボストンのシュライナーズ小児病院で5歳の誕生日を祝う

 2週間後、父は子ども用のボクシンググローブを持ってボストンへ戻ってきました。

 ちょうどその時、僕は新たに移植した皮膚の拒絶反応から回復しつつあったのですが、医師から許可をもらった父がグローブのひもを締めるやいなや、僕は医師や看護師を相手にジャブを繰り出したのです。

 この2ヵ月後、僕はルイジアナの家に帰れるほどの回復をとげたのです。
それは、事故からちょうど4ヵ月後のことでした。

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    1979年、米国ルイジアナ州南部に生まれ。1982年、2歳のときに事故で全身に重度の火傷を負い両手の指を失ったが、幼い頃にプロのドラマーになることを誓い、ロヨラ大学などで音楽と音楽セラピーを学んだ。
    ロヨラ大学では、有名ドラマーであるジョニー・ヴィタコヴィッチに師事し、在学中に、ギタリストのブランドン・タリコーンらと「ブラザーフッド・オブ・グルーヴ」を結成する。その後、フリーのドラマーとなり、マイケル・レイ&ザ・コズミック・クルーなどの有名アーティストらと多数の共演を果たしている。
    現在もプロのドラマーとして活動しながら、自己啓発の講演者として、どんな障害があっても決して自分の夢をあきらめなかった自身の生き方を全米で語っている。ニューオーリンズ在住。www.dancaro.com
     

    スティーヴ・アーウィン(Steve Erwin)
    作家であり、数々の賞を受賞したジャーナリスト。イマキュレー・イリバギザとの共著『生かされて。』はニューヨーク・タイムズ紙のベストセラーとなった。
     

    奥野節子(おくのせつこ)
    北海道生まれ。高校の英語教師を経て、ジョージ・ワシントン大学大学院修了後、ニューヨークの米企業に勤務。訳書に、『「死ぬこと」の意味』(サンマーク出版)、『ジョン・オブ・ゴッド』『オーブは希望のメッセージを伝える』(以上、ダイヤモンド社)など多数がある。
     


    そして生かされた僕にできた、たった1つのこと

    両手の指を失いながらも、プロのドラマーになった少年の実話
    彼を紹介するテレビ番組が、全米ネットで放映された後、視聴者から何千通もの感謝の手紙が寄せられました。彼の名は、ダン・カロ。2歳の時に不慮の事故で全身に重度の火傷を負い、奇跡的に一命はとりとめたものの、その代償としてその後の人生に残酷としか言えない運命を背負うこととなります。顔も体もそのほとんどが焼けただれ、鼻や唇、そして両手の指も失ってしまった彼を待っていたのは、周囲からの差別や偏見の眼差しでした。しかし彼は決して悲観的になることはなく、プラス思考にだけ集中し続けたのです。その結果は……誰もが思っていた以上のものでした!
     

    「そして生かされた僕にできた、たった1つのこと」

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