テクノロジーはユーザーの課題解決のために生まれる

 こうしたエピソードからは、デザイン・シンキングが決してシリコンバレー企業の専売特許ではないということがわかる。そんな言葉が流行する約100年前には松下幸之助、50年前には本田宗一郎が実践していたアプローチなのである。

 彼らは決して発明家だったわけではなく、ゼロから何かを生み出したわけでもない。言ってみれば、既にあるものを改良したに過ぎない。しかし、起業家として日本の高度成長を支える企業を作り上げた。今、イノベーションの波に揉まれて苦しむ日本企業と一体何が違うのか?

 究極の違いは、本田宗一郎も松下幸之助も、妻や町で見かけた姉妹の抱えている課題を解決することから始まっている。「ドリルを買う人はドリルが欲しくて買うわけではない。穴が欲しいのだ」とは、マーケティングの世界では使い古された言葉だが、一旦ドリル屋になってしまったドリル屋は、ただただドリルを高機能化することしか考えられないし、ましなドリル屋でも、せいぜい新しい穴の開け方を考えるだけになってしまっている。

 本来は、穴を開けずに問題が解決する(ないし目的を遂げる)なら、それが一番で、テクノロジーは、それを実現するためにあるというのにだ。

 私が前職のコンサルティングファームで受けた依頼の中でも特に多かったのが「我が社にはかくかくしかじかの新技術があるのだが、これを事業化するにはどうすれば良いか?」というものだ。

 企業名は明かさないが、正直に申し上げると、依頼者は日本の電機メーカーでも苦境に陥っている企業ばかりであった。そもそも「この技術を何に活用すれば良いか?」という時点で、その技術が人間に必要とされている技術なのか疑問がある。

『破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略』で詳しく書いているが、技術(テクノロジー)は人間の機能および感覚の拡張であり、何かの課題や問題を解決するために生まれるものであるにもかかわらず、何に使うのか、これから考えるとは本末転倒も甚だしい。まさにインサイドアウト(自社事業の観点)の典型例で情けない限りである。

「AIを使って何かできないか?ビッグデータは? IoTは?ロボティクスは?AR(拡張現実)やVR(仮想現実)は?」

 今日もこんな言葉があちこちで飛び交っている。しかし、新しいテクノロジーはあなたのビジネスを何も変えない。新しいアイデアや技術を組み合わせて、プロトタイプを作成し、テストを高速で実行する。そうすれば既存の市場を破壊し、新しい市場の創造主となれる、ということに対する理解が極めて乏しい。

 この数年、この手のバズワードを入れたセミナーやカンファレンスは、スーツ姿のおじさんたちで連日満員だそうだが、そんなバズワードに振り回されている間は自称デジタルコンサルタントたちの良いカモになるだけだ。

(この原稿は書籍『破壊――新旧激突時代を生き抜く生存戦略』から一部を抜粋・加筆して掲載しています)