「自己形成の秘密」が成功の秘訣

 チクセントミハイは、フランクルの「自己超越」に通じることを、次のように表現しています。

「我々は幸福を探そうとすることによってではなく、良きにつけ悪しきにつけ、自分の生活の一つ一つの細部に深く沈潜することによって幸福になるのである」※4

 私たちは日々の生活で発生する細々とした「すべき事」に追われます。中間管理職(ミドルマネジャー)であれば、電話を受けながらメールをチェックし、部下から報告を受け、自分の上司に相談し決済をとり、他部署と調整し、取引先(顧客)に頭を下げ、必要があれば手紙を書き、取引が円滑に続くように心を砕き、落ち込んでいる部下がいれば声をかけ相談にのる……。

 経営学者ヘンリー・ミンツバーグが『マネジャーの仕事』(白桃書房)で喝破したように、管理職の仕事の実態とは、そうした互いに関連性の薄い細切れの仕事の連続なのです。

「細部に深く沈潜する」とは、日々の生活、職場で連続的に発生する細々とした「すべき事」に意識を集中し没頭することです。好きな仕事であろうが、嫌いな仕事であろうが関係なく、我を忘れる無我の時間の中に、あるいは、自分を忘れるような自己忘却の体験の中から幸福や成功が生まれてくると考えます。

 その実践は心を成熟させ、ひと回りもふた回りも大きな人間へと私たちを成長させてくれるのであり、人格形成に大きな役割を果たします。

 人には欲があります。欲があるから「理想の自分を描き、成功したい」と願います。この心理的図式は何も悪いわけではなく、欲があるからこそ人は成長するのだといえます。

 ただ、その心理的図式は「成功しなければ人生は失敗だ」という短絡的な思考につながり、「虚しさ」を生み出す心の装置にもなるのです。「失敗ばかりのこんな人生、生きていて意味があるのか」と。

 だからフランクルは「成功を追い求めるな」と強調するのです。

 成功を求めるのではく、日々のすべき事に自分を忘れ100%集中するような自己超越的生き方、働き方をしていれば、人格が自然と高くなり、結果、求めている成功や幸せが、やがて手に入るのだとします。

 こうした自己実現に対する逆説的な考え方を、フランクルは「自己形成の秘密」と呼びました。それは私たちが人間性や人格を高めていく秘訣でもあるのです。

「無我夢中」という言葉があります。無我とは「我を無くす」ことであり、これは東洋思想の「無我の境地」「無私の精神」です。「夢中」とは、我を忘れぐらい物事に熱中することです。

 無我夢中」を「自己形成の秘密」をベースに発展させれば、「【我】を【無】くすぐらい自分のすべき事に熱中すれば【夢】を手【中】におさめることができる」となります。

 真の自己実現とは、自己を中心に考えるのではなく、むしろ、自己を忘れることで実現されます。

 もちろん、無我夢中になったからといって必ず成功するわけではありません。ただ、無我夢中なっている時、少なくとも私たちは他の人では決して成しえない自分らしい「心の成功」を深く実現しているのです。

◇引用文献
※1,3,4『フロー体験 喜びの現象学』(M.チクセントミハイ [著]、今村浩明[訳]世界思想社)
※2『宿命を超えて、自己を超えて』(V・E・フランクル[著]、山田邦男 松田美佳[訳]春秋社)