「相手を打ち負かそう」とする者は扱いやすい

 むしろ、こちらを打ち負かそうとする相手は扱いやすいものだ。

 かつて、こんなことがあった。
 仕事上、私にもちょっとしたミスがあったために、ある人物とちょっとしたトラブルになったときのことだ。

 その人物は、私にクレームをつけるために、上司を伴って私の事務所を訪れた。おそらく、私と進めている仕事に遅れが生じていることが、社内で問題になっていたのだろう。トラブルの原因をつくったのが私であることを上司に理解させるために、自分の落ち度を棚に上げて、私を一方的に非難し始めた。

 ひととおりの話を聞いた私は、自分の落ち度については謝罪したうえで、解決策を提示するとともに、相手の仕事の進め方について改めてほしい点も伝えた。あくまで、今後の仕事をスムースに進めるためだったのだが、これが相手を刺激した。

 彼は、私を言い負かすために反論を始めたのだ。
 しかし、自分の落ち度を認めないのだから、その主張には無理がある。やむを得ず私が反論を加えると、今度は、私の言葉尻をとらえて難癖をつける。こんな調子だから、徐々に彼の主張の辻褄が合わなくなるのも当然だ。

 腹立ちを覚えなかったと言えば嘘になる。
 ただ、私はあくまで穏やかなスタンスを維持した。

「窮鼠猫を噛む」というように、相手をあまり追い詰めると、こちらも痛手を負うことが多いからだ。そこで私は、彼の発言の矛盾を静かな口調で指摘。上司も「冷静に話し合おう」と口を挟み、ようやく彼は口を閉ざした。

 翌日、上司から私に電話があり、部下の非礼を詫びるとともに、以後、その仕事は上司本人が担当すると告げた。

 つまり、彼は墓穴を掘ったのだ。私を言い負かすことを目的にしたことによって、発言に矛盾が生じたために、味方であるはずの上司の不信を買い、自滅したわけだ。仕事を軌道に乗せることを目的に話し合えばよかったものを、と後味の悪い思いをしたものだ。