「属人化」こそが最大のリスクである

「働き方改革」で中間管理職に突きつけられる<br />”最大のリスク”とは何か?小室淑恵(こむろ・よしえ)
株式会社ワーク・ライフバランス代表取締役社長
2006年に起業し、働き方改革コンサルティングを約1000社に提供してきたほか、年間約200回の講演を依頼されている。クライアント企業では、業績を向上させつつ、労働時間の削減や有給休暇取得率、社員満足度、企業内出生率の改善といった成果が出ており、長時間労働体質の企業を生産性の高い組織に改革する手腕に定評がある。主催するワーク・ライフバランスコンサルタント養成講座は全国で約1600人の卒業生を育成し、認定上級コンサルタントが各地域で中小企業の支援も行っている。政府の産業競争力会議民間議員、経済産業省産業構造審議会委員、文部科学省中央教育審議会委員、厚生労働省社会保障審議会年金部会委員、内閣府仕事と生活の調和に関する専門調査会委員などを歴任。著書に『働き方改革』『労働時間革命』(ともに毎日新聞出版)、『6時に帰るチーム術』(日本能率協会マネジメントセンター)など多数。

 ただし、その業務を、他のメンバーに簡単には渡せない場合もあります。
 その業務が特定のメンバーに「属人化」しているケースです。特に「重要な業務」の大半が特定のメンバーに「属人化」している場合(実は、プレイングマネジャーに集中しているケースも多いのが実情です)には、その仕事を他のメンバーに渡すのは非常に困難。これが、チームにリスクをもたらします。

 たとえば、そのメンバーが急病にかかっても、誰もその業務をフォローできないという問題が発生します。あるいは、両親の介護負担が増えても、他のメンバーに仕事を任せることができないでしょう。

 その結果、仕事と介護の両立をするために、寝る間を惜しんで働いたり、持ち帰り残業をするなど、ムリにムリを重ねる状況に追い込まれかねないのです。

 また、このような状況を放置すると、マネジャーにも大きなリスクをもたらします。
 2019年の春から労働基準法が改正され、月間の労働時間の上限規制が罰則つきで施行されますから、「属人化」しているために長時間残業を続けているメンバーを放置すれば、罰則の対象となる人材をチーム内に抱えてしまうことになるのです。万一、そのような事態を招いたら、「自分も現場に出ていて忙しいから、メンバーの個別の状況は把握できていなかった」では済まされません。これこそ、マネジャーに突きつけられている「最大のリスク」と言っても過言ではないのです。

「属人化」の危険性をメンバーに伝える

 かつてコンサルティングした大手ガス会社で、印象的な出来事がありました。
 20代の女性コンサルタントが「皆さんの業務が属人化しているので、マニュアルをつくってノウハウを共有して、誰でもその業務を担当できる状態にしましょう」と提案したところ、50代の男性メンバーが、「俺の仕事は、すぐに誰でもできるようなものじゃないんだ。バカにするな!」と激怒。その場の空気が一瞬にして凍りつきました。そして、そのまま彼は部屋を出て行ってしまったのです。

 その後、他のメンバーが、前向きにマニュアルづくりに取り組んでくれ、その50代の男性も、少しずつマニュアルをつくってくれるようになりました。ちょうどそのころ、男性の母親が亡くなり、喪主を務めるため忌引をとることになったのです。

 4日後、職場に復帰した男性は、女性コンサルタントに頭を下げてこう言いました。

「僕が間違っていたよ。もしも、マニュアルをつくらずに忌引きに入っていたら、お客様に大きな迷惑をかけるか、親に不義理をして2日で切り上げて出勤せざるをえなかったと思う。今回、メンバーにうながされて少しずつマニュアル化をしていたおかげで、お客様や会社からの電話も鳴ることなく、落ち着いて喪主を務めることができたんだ。
 自分はいままで、中途半端なプロ意識をもっていたのだと思う。ずっと、自分にしかできない仕事をするのがプロだと思っていたけれど、本当のプロは、いつ何が起きてもお客様にだけは迷惑をかけない体制を日ごろからつくっているんだね。今回のことで、ようやく気づくことができたよ」

 この言葉を聞いて、私たちもとても感動しました。この男性の言葉からもわかるように、業務の「属人化」を放置することは、メンバーにとっても、チームにとっても、大きなリスクとなります。そして、「属人化」を解消しておけば、イザというときにも対応できるチームになることができるのです。