「攻撃的」戦略で墓穴を掘ったアメリカ

中野 ええ。例えば、アメリカは、コソボやソマリアにおける紛争に対して、人道的介入を行いましたが、これは従来の国際秩序の基礎にあった主権国家という枠組みを踏み越えて、他国に介入するという野心的な試みでした。人道という普遍的な価値が、国家主権という規範の上位に立つ秩序の建設をアメリカはめざしたわけです。

 そして、決定的だったのはイラク戦争です。2001年に九・一一テロが勃発すると、当時のジョージ・ブッシュ政権は「テロとの戦い」を掲げて、イラク戦争へと突き進んでいきました。さらには、中東諸国の民主化を企てるという途方もないプロジェクトに乗り出したわけです。

 私は、2003年にイラク戦争が起こったときに、「これはまずい」と思いました。これで、アメリカの覇権国家としての寿命が縮まる、と。

 アメリカがフセインを叩き潰すのは簡単かもしれないけれど、フセインがいることでなんとか均衡状態を保っていた中東は混乱を極めて、泥沼状態になるに違いない。そうなれば、アメリカはもっとはやく疲弊していくことになる。当時、私はイギリスのエディンバラ大学に留学して、経済ナショナリズムの研究を深めていたこともあって、そう直観しました。

 ところが、その頃、日本では、大多数の識者が「日米同盟が大事だから、イラク戦争賛成」などと言ってましたが、「バカな……」と思いました。アメリカの覇権が衰えれば、アメリカの一極体制で最も恩恵を受けていた日本が最もまずいことになります。本当はあのとき、日本は「日米同盟が大事だから、イラク戦争反対」と主張すべきだったんです。

――中野さんがおっしゃるように、現在、中東は混迷の度合いを深めるばかりですね。

中野 ええ。中東は、イラク戦争や「アラブの春」によって勢力均衡が崩れ、サウジアラビアとイランが地域覇権を争うようになり、シリアの内戦は、サウジアラビアとイランの覇権戦争の代理戦争と化して泥沼化していったわけです。

 しかも、イランの核開発問題、エジプトやトルコの政情不安、イスラエル・パレスチナ問題など、放置していては危険な課題が山積しています。その結果、オバマ政権はイラクから撤兵するとともに、経済成長著しい東アジアに世界戦略の軸足を移そうとしましたが、中東にも国力を振り向け続けざるを得なくなったんです。

――つまり、東アジアと中東に国力を分散させることで、アメリカの疲弊が進むと? 

中野 そういう状況を自ら招いたわけです。

 そして、アメリカの戦略ミスで最も象徴的なのはウクライナ問題です。ブレジンスキーは、NATOの東方拡大によって、ウクライナまでをアメリカの勢力圏に収めることを目論みました。さらに、ロシアを西洋化し、無害化すればよい、とまで言ったんです。

 その結果、どうなったか? 2014年に、ウクライナにおいて親ロシア政権に対する親ヨーロッパ派による政変が勃発した際、NATOの東方拡大を目論むアメリカは親ヨーロッパ派に加担しましたが、これに反発したロシアは、ウクライナに侵攻してクリミアを奪取しました。

 もちろんロシアの行為は、ウクライナに対する事実上の侵略であり、アメリカやNATOが強く非難したように、国際法違反の疑いが濃厚ではあります。しかし、そんなことは、プーチンは百も承知のうえで行動に移したわけです。

 もともとロシアは、NATOの東方拡大については、苦々しく思いつつも、ポーランドやバルト三国あたりまでは許容していました。しかし、ウクライナはロシアにとって黒海への玄関口にあたる安全保障上の要衝中の要衝です。ここを取られると、ナイフを喉元に突きつけられることになる。それを阻止しようとするのは、主権国家として当然のことでしょう。ロシアのウクライナ侵攻を誘発したのは、明らかにアメリカの攻撃的な東方拡大戦略だったのです。

――なるほど。

中野 この結末を予測していたアメリカの要人もいました。たとえば、冷戦初期のアメリカの外交政策立案者で、ソ連の封じ込めなどの戦略を立てたジョージ・ケナンです。彼は、1998年当時、NATOの東方拡大はロシアの反発を招くとして強く反対していました。

 しかし、アメリカは「攻撃的」な戦略をとってしまった。そして、ウクライナ侵攻を目の当たりにしたブレジンスキーは、「欧米諸国はウクライナをNATOに引き込むつもりはないとロシアに保証するべきである」と言わざるを得なくなったんです。

 ヘンリー・キッシンジャーが「西側諸国はウラジミール・プーチンのことを悪魔のごとく扱うが、そんなものは政策ではない。政策欠如の言い訳に過ぎない」と断じましたが、結局のところ、東ヨーロッパの現実を冷徹に見据えれば、ウクライナを西側陣営に組み入れようとするのではなく、ロシアとの間の中立地帯として、緩衝地帯におく「防衛的」な戦略が賢明だったということです。

 しかし、すでにコトは起こってしまいました。

――もう、取り返しはつかないと?