コロナ禍の積極財政は続かない?権力者が緊縮政策を好む本当の理由「権力者にとって何よりも大切な関心事は、経済的な力の維持ではない」 Photo:REUTERS/AFLO

『父が娘に語る 美しく、深く、壮大で、とんでもなくわかりやすい経済の話。』の著者ヤニス・バルファキス元ギリシャ財務相による連載。今回のテーマは、権力者たちが緊縮政策に込めた「隠された狙い」です。コロナ禍の今は反緊縮の積極財政が主流ですが、長続きはしないと筆者は指摘します。

 1830年代、トーマス・ピールはイングランドからの移住を決意した。行き先はオーストラリア西部、スワン・リバーだ。資産家のピールは、家族の他に「労働者階級の男女と子供300人」を帯同し、そればかりか「金額5万ポンドの生活手段と生産手段」まで持参した。だが到着後間もなく、ピールの計画は台無しになった。

 疾病や災害、あるいは不毛な土地のせいではない。ピールが連れていった労働者たちが彼を見捨て、周囲の荒野の土地をわが物とし、自ら「事業」を始めたからだ。ピールは労働力、資本、生産設備を持っていった。しかし労働者が別の選択肢をつかむことができたせいで、ピールが「資本主義」を持ち込むことはできなかったのだ。

 カール・マルクスは『資本論』第1巻で、ピールのエピソードを紹介し、資本は物ではなく、人間同士の社会的関係であると説いている。このエピソードは今日においても依然として有益である。金銭と資本の違いだけでなく、緊縮政策が不合理であるにもかかわらず繰り返し復活してくる理由を説明してくれるからだ。

 今のところ、緊縮政策は時代遅れになっている。各国政府は明日という日など来ないかのような勢いで(いやむしろ、明日がきちんと来るように、なのだが)支出を重ねており、公的債務を抑制するための財政支出削減の政治的な優先順位は低下している。

 ジョー・バイデン米大統領が打ち出した予想以上に大規模で好評を得ている景気刺激・投資プログラムによって、緊縮政策はさらに政策課題の下位に押しやられてしまった。だが、(コロナ禍で控えられている)団体観光旅行や大規模な結婚披露宴と同様に、緊縮政策も今は姿を隠しているだけだ。政府が緊縮政策を再び採用しなければハイパーインフレが迫り、債券利回りに甚大な影響が及ぶといった、あちこちで耳にする他愛ない会話に唆されて、いつでも戻ってこようとしている。

 緊縮政策が誤った思考に立脚しており、自己欺瞞的な政策につながることはほとんど疑うべくもない。その誤りは、個人や家計・企業と異なり、政府は、その支出から独立した収入を当てにできない、という点を認識していない点にある。もし私たちが、新しい靴を買わずにその分のお金を貯金することを選べば、そのお金は手元に残ることになる。だが政府には、こうしたやり方で金を貯めておくことはできない。民間支出が低調、あるいは減少している時期に政府が支出を削減すれば、民間支出・政府支出の合計がますます急速に減少してしまう。

 そして、この合計こそ国民所得なのである。したがって、政府が緊縮政策を推進し、支出を削減すれば、国民所得は低下し、税収も減少する。家計や企業とは異なり、困難な時期に政府が支出を削減すれば、その収入も同時に削減されてしまうのである。

 しかし緊縮政策がかくも愚かなアイデアであり、私たちの経済からエネルギーを奪ってしまうならば、なぜ権力者の間でそのような政策がこれほど人気を集めるのだろうか。