「飛び込み営業」で学んだ、
仕事でいちばん大切なこと

 社長を相手に、少々気遅れしながらも、私は、「これはチャンス」とばかりに、売っている携帯電話の機能を必死でプレゼンしようとしました。ところが社長さんは、セールストークを始めようとする私を遮り「それよりも……」と、私に質問を投げかけ始めました。

「出身地はどこか?」
「大学はどこか?」
「学生時代は何をやってたの?」

 などなど、矢継ぎ早に質問をされましたが、私が、五歳から書道を習い始め、大学で書道を学び、教員免許ももっていることに興味をもたれたようでした。そして、こんなことを尋ねられたのです。

「教員免許ももってるのに、どうして携帯電話を売ってるの?」

 こんなことを正面切って聞かれたのは初めての経験でしたから、少々面食らいましたが、私は、胸のうちに秘めていた思いを正直にお話しました。

 就職活動を始めるとき、私は、教員になるか、大学院へ進学するかで迷っていました。ところが、ちょうどその頃に阪神・淡路大震災が発生。被災地には、私の生まれ故郷である福井県出身の友人や書道で交流のある関西の大学の書道仲間がたくさん住んでいましたが、その安否を確認することができず、心配で心配でなりませんでした。そして、彼らの両親や家族が、いったいどれほどの心痛を抱えているだろうと思わずにはいられませんでした。

 だから、携帯電話を普及させて、どんなときでも大切な人とつながることができる環境をつくりたいと思いました。書道も大切だけど、それは一般企業に勤めながら続けることもできる。だけど、通信にかかわる企業に入らなければ、「どんなときでも大切な人とつながることができる環境」をつくることに貢献することはできない。それで、この仕事に就くことにしたのです。

 私の話を聞き終えた社長さんは、こう尋ねました。

「なるほどね。じゃ、なんでウチの会社に営業しに来たの?」
「社員さんに携帯電話を配布したら、外出中でも連絡が取れますから業務上も便利ですし、万一、災害などが起きたときにも、すぐに大切な社員さんたちの安否確認が取れます。社員さんとのつながりを大切にしていただくために、携帯電話をおすすめしようと思いました」

 すると、少し間を置いて、社長さんはこうおっしゃいました。

「わかった。君から買うよ」

 驚いた私が、思わず「いえ、でも、まだ商品説明も終わっていませんので……」と言うと、即座にそれを否定されました。

「そんなことはどうでもいいんだ。商品説明は、君がもってきたパンフレットを見れば書いてある。それよりも、君がどういう人間で、なぜ携帯電話を売っているのかということが大事なんだ。それは、世界中を探しても、どこにも書いていない。君にしか答えられないことなんだ」

「信頼」されたときに、
ものすごいパワーが生まれる

 これは、私にとっては衝撃的な出来事でした。

 それまで私は、セールストーク(商品説明)を上手にすれば「買っていただける」と思い込んでいましたが、そんなことよりも、「なぜ、自分がその仕事をしているか」「自分はどういう人間か」を伝えることが大切だなどということが、にわかには信じられなかったのです。

 しかし、その社長さんは、実際に、携帯電話の契約をかわしてくださいました。しかも、その後も誠実に対応したことで、私という人間を信頼してくださったのか、知り合いの社長さんを次々と紹介してくださいました。そうして、紹介案件がどんどん増えていくのに伴い、私の営業成績もめきめきと伸びていったのです。

 今となれば、その社長さんの気持ちがよくわかります。

 よほど特殊な商品でもない限り、営業マンが売り込んでくる商品に大差があるわけではありません。当時の携帯電話も、各社だいたい似たようなサービス内容でした。だから、「誰から買うか」の決め手となるのは、商品の優劣というよりも、どんな「念い」をもった人間が売っているかという点にあるのです。

 これは、あらゆることに共通することです。

 管理職もそう。ある程度の実績を上げてきたことが評価されて管理職になったのですから、ほとんどの管理職はそれなりの能力を備えているはずです。能力的には“どんぐりの背比べ”だと思うのです。

 だけど、実際には、管理職によってチームの成績や成長力には大きな差が生じます。それには、さまざまな要因があるでしょうが、私が思うに、その最大の要因は、管理職がどんな「念い」をもっているかにあります。

 なぜなら、「なぜ、その会社で働いているか」「なぜ、その仕事をするのか」という管理職の「念い」が本物であれば、多くのメンバーが管理職に「信頼」と「共感」を覚えて、力を貸してくれるようになるからです。そのとき、管理職の「念い」がチームの求心力となり、チームワークが最大限に発揮される状態が生まれるのだと思うのです。