「職場の雰囲気が悪い」「上下関係がうまくいかない」「チームの生産性が上がらない」。こうした組織の人間関係の問題を、心理学、脳科学、集団力学など世界最先端の研究で解き明かした『武器としての組織心理学』が発売された。著者は、福知山脱線事故直後のJR西日本や経営破綻直後のJALをはじめ、数多くの組織調査を現場で実施してきた立命館大学の山浦一保教授だ。20年以上におよぶ研究活動にもとづき、組織に蔓延する「妬み」「温度差」「不満」「権力」「不信感」といったネガティブな感情を解き明かした画期的な1冊だ。本稿では、特別に本書から一部を抜粋・編集して紹介する。

武器としての組織心理学Photo: Adobe Stock

結果を出すチームほど、温度差を埋めることに時間をかける

 チームは、「力の合成と分解」と同じ原理で力を発揮しています。

 一人ひとりが発揮する力のベクトルが合わさることで、より大きなチーム力を生み出します。

 ところが、ベクトルが別々の方向を向いていると、その対角線分の力になりますし、反対向きであれば大きな力が発揮されても引き算されてしまいます。

 毎日の仕事に忙殺されると、仕事の方向性が当初の目的や目標からズレてしまうことや、悪気なく忘れ去られてしまうことがしばしば起こってしまいます。

 そういう毎日だからこそ、節目には時間をとって確認したいものです。

 ちょっと思い出すだけで、ズレかかっていたベクトルを軌道修正することができます。

 ベクトルが合えば、言葉は誤解なくスムーズに流れるようになります。

 例えば、大学スポーツチームの多くは、主将や副将などの幹部選手たちが中心になって、スローガンや目標を一生懸命に考えます。

 残念ながら、一生懸命に練ってかっこいいフレーズができたからと言って、勝てるわけではありません。

 それがすぐに、チームに入部したばかりの1年生にまで浸透するとも限りません。

 しかし、強いチームや成長していくチームは、そのようなスローガンを土台にした取り組みを日々の練習の中で根気強く続けます。

 そして、もう一段強いチーム、その後も幅広く活躍する選手を輩出するチームでは、その言葉と込められた思いをいつも好んで使います。

 その取り組みをした先に何があるのか、「何」のためにスローガンを意識して今この練習をしているのかという意味づけができたとき、人や組織はもう一歩先に進めるのです。

社内の温度差を埋めたJALフィロソフィ

 企業でも同じです。JALは2010年に経営破綻、会社更生法の適用という事態に陥りました。

 負債総額は約2.3兆円で、事業会社としては戦後最大の破綻でした。

 ところが、わずか2年後には「史上最高の純利益」を出すほどの劇的なV字回復を遂げました。

 従業員が数万人規模の大組織でありながら、短期間で結果を出せる集団に変貌したのです。

 実はその際に大きな役割を果たしたのが、「JALフィロソフィ」と呼ばれる、破綻後に新たに明文化された経営理念だと言われています。

 私たちのプロジェクトチームではJALに勤める社員を対象に、経営破綻する前と後の職場の雰囲気を回答してもらったことがあります。

 その内容について質的分析をしてみると、経営破綻前に比べて、破綻後は前向きに一体感を持って取り組む職場に変化していることが明らかになりました。[1]

 さらに別のプロジェクトチームによる社員へのインタビューでは、JALフィロソフィができる前とその後について、次のように語られています。

「フィロソフィができるまでは、マニュアルに基づいた原則論でものごとが決まることがほとんどであった。また、新しい取り組みや施策について、上司や周囲が前向きに捉えてもらえないことが往々にしてあった。

 その結果として、個人個人の考え方や思いがまちまちで、ベクトルが合っていないと感じることが多かった。

 それがフィロソフィの浸透とともに、果敢に挑戦する、常に明るく前向きに、人として何が正しいかで判断するといった指針ができ、企業理念の実現に向け、いろいろなことが進めやすくなり、自ずとベクトルも合うようになったと感じている」

 現場において、ビジョンや目標を職場の隅々まで浸透させ、ワンチームにすることは至難の業です。JALのような、従業員数が数万人規模の大企業であれば、なおさらでしょう。

 また、次のように回答した社員もいました。

「今でも、年2回のフィロソフィ教育を実施しています。

 当初、社員の反発は事実あったし、私もこのフィロソフィ教育を進行する立場として、パワーポイント(を)使いながら、説明するのですが、その中でも、非常に過激な意見もありました。アンケート(を)とっていたわけですが、こういうことをやっても意味があるのかという意見があったんです。

 同じ人間が3年後に、やっている内容は良いことだと変わっていくのです。だから、個人の意識が、早かれ遅かれ個人差はありますが、微妙に変化してきているのは事実です」

 JALの場合には、地道な取り組みの積み重ねによって、ビジョンが浸透したことが伝わってきます。

メンバーに「大義名分」を与える

 なぜ、ビジョンが明確でメンバーに浸透しているほど、強いチームができるのでしょうか。ビジョンが心にもたらす効用は、3つの段階で説明できます。[2]

【第1段階】心の準備

 これでいいんだ、これが自分たちの信じるものなのだと思えれば、私たちは「やってみよう」と心の準備を始めます。

 いわゆる自家発電(内発的動機づけ)のためのエネルギー蓄積です。

【第2段階】ビジョンに確信が持てるようになる

 ビジョンが自分の中でぐっと腹落ちしたならば、人は自主的に動き出します。

 勝つために必要なことならば、自ら進んで掴みとりたくなるものです。

 幹部たちの心意気や自分たちの少し先の将来像は、自分たちの活動の意味になります。

 スポーツチームを例にすると、ビジョンが、ベンチで仲間を応援する選手たちの間にまでしっかりと根づいたならば、そのチームは、単調でハードなトレーニングに不満を漏らすことはなくなるでしょう。

 トレーニングに励み、その効果が、自分の能力やチームのパス成功率となって、数字でフィードバックされると、意味づけたことはさらに揺るがない精神的基軸になっていきます。

 明確な目標を達成しようとする情熱は、執念とでも言うべきものへと強化されていくでしょう。

【第3段階】コミュニケーションの質が向上する

 ビジョンを共有したチームのコミュニケーションは、円滑で、素早く、正確に伝わるようになります。

 それが、たとえ耳障りな情報だったとしても、です。

 組織には大義名分が必要なのです。

 それは、何か躊躇したときや、判断に迷ったとき、私たちに答えを導いてくれる精神的な拠り所になるはずです。大義名分を盾に意見すればいいのです。

 個人が納得し、安心して仲間や組織と付き合える状態になること、それが風通しの良い職場へ変わるためのステップです。

「超優良企業は、何よりもまず基本的なところでとくに優れている」のです。[3]

 コミュニケーションをコストなどと思わなくていい環境、関係性、自分の心の状態を維持できるように、「ビジョンから離れないで」コミュニケーションをとり続けること。これは、チームのベクトルを合わせるために、リーダーはもちろん、メンバーたちも常に考えて実践すべきことに違いありません。

脚注[1]Yamaura, K., Sato, T., & Kono, T.(2016). What does the Inamori Management Philosophy bring?. Ritsumeikan Inamori Philosophy Research Center The 2nd International Symposium. Japan: Osaki(OIC).
JAL社員の声については以下を参照。JAL再生の哲学ー教育プラットフォーム研究JAL現場インタビュー記録~8つの現場24人の社員インタビュー~. 立命館大学OIC総合研究機構稲盛経営哲学研究センター 客員教授金井文宏 客員助教谷口悦子

[2]山浦一保(2012). 第10章リーダーシップを発揮する. 安藤香織(編著). 杉浦淳吉(編著). 『暮らしの中の社会心理学』p123.

[3]トム・ピーターズ & ロバート・ウォーターマン, 大前研一訳(2003)『エクセレント・カンパニー』, 英治出版 p.50.

(本稿は、『武器としての組織心理学』から抜粋・編集したものです。)