良いROIC経営のポイント3
決算発表のたびにROICの進捗状況を説明しているか

 ROICに限らず、あらゆる経営指標にあっても、決算発表の場など折に触れて言語として活用していくことは、経営指標を形骸化させず、社内外にその重要性を知らしめる大切な姿勢である。日立は毎年の連結決算の「補足情報」という資料の中で、5つのセクターごとに詳しい数値の推移を示し、その中にROICの動向も開示している。新型コロナ感染症の影響もあり、当初の予定を1年後ろ倒ししたものの、「2021年中期経営計画 進捗発表」において、日立は「2022年度 ROIC10%を実現」と明言している(*2)。

 繰り返すが、経営指標を形骸化させない最善の道は、それを使って継続的なコミュニケーションを社内外に対して図り、同時に事業計画や投資判断など、意思決定の局面において活用していくことである。全社的な数値の評価となるROEやROAと異なり、ROICはより個別の事業や製品、拠点単位で算出することのできる経営指標である。であるなら、意思決定の局面でこれを積極的に活用しない手はない。図表3に示した日立のROICツリーは、ROIC経営を実行するための具体的なアクションとなるキーワードである。

日立製作所から見る「良いROIC経営」と「悪いROIC経営」を見分ける3つのポイント図表3 日立製作所が示すROIC向上のための実行策

 日立のような歴史のある超巨大企業、一時は巨象とも揶揄されて変革の起きない企業の典型として見られていた企業が、なぜROICに基づく緻密な経営管理と、それに沿った事業ポートフォリオの再編にまで思い切った舵を切ることができたのだろうか。日立復活の功労者として名高い川村隆元社長は、著書『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」』の中で、日立の社長時代、資金繰りに窮した日立を救うために新株発行による増資に奔走した過去を振り返って、次のように述懐している(*3)。

 私は日立に入ってから、いろいろなものを売り歩いてきました。けれども、株を売り歩いたのは初めてです。(中略)普通の製品と違って、株には保証書がない。私は保証書のない製品を初めて売ったのです。多くの投資家の皆さんは日立を信じて買ってくれた。これから私たちは、その期待に応えていかなくてはなりません。

 伊藤レポートの中でも、本トピックに近い話は記述されており、そこでは株式を購入する投資家が背負うリスクに見合う最低限の「期待」と「失望」の分水嶺が「資本コスト」であると明示している。

 存続の危機にまで追い込まれた日立だからこそできた、資本コストを最重視した経営なのかどうかは断言できない。しかし、日本を代表する大手製造業・日立製作所がROICを前面に打ち出した経営を開始したことは、グローバルで競争力ある日本企業の高い収益性を伴った成長のみが、日本企業、ひいては日本国家の成長に結びつくことを明確に示した一里塚として記憶に残されよう

(本稿は、『企業価値向上のための経営指標大全』から一部を抜粋・編集したものです)

参考文献
*1 日立製作所「日立 統合報告書 2020」
*2 日立製作所「2021中期経営計画 進捗発表」2021年4月28日
*3 川村隆著『ザ・ラストマン 日立グループのV字回復を導いた「やり抜く力」』KADOKAWA、2015年