「自分をケアすること」は、
生きていくうえで最優先にするべきこと

 かつてブッダは悟りを得ようと、苦しい修行をずっと続けていました。

 けれども、断食修行を続けても悟りが開ける気配すらありません。ブッダはボロボロの体を清めるために近くを流れる川にフラフラと向かいます。あまりに身なりもボロボロで、痩せ細っていたためか、ブッダは樹に間違えられます。

 そして、たまたま近くで樹の神様へ感謝を捧げていたスジャータさんという人が、ブッダを樹の神様だと思い込みミルクがゆをご奉納しました。多分ブッダも相当悩んだと思います。

 受け取ってしまったら、数年にわたって苦行をしてきた自分が間違えていたと認めてしまうことになるのではないか? これまでの苦行が無駄になるのではないか? 他の僧仲間にも苦行を断念したとバカにされるに違いない。

 いろいろな思いが去来しつつも、ブッダはここで「過去の間違った考えにとらわれた自分」と決別することを選び、ミルクがゆを口にします。脳がエネルギー不足でマトモに動かないとき、人はうつになりますし、判断力は概ね欠如し間違った選択をします。苦行中のブッダもそうだったのではないでしょうか。

 ミルクがゆで脳にエネルギーが回るようになったブッダは、身体も回復。心身共に健康、穏やかな気持ちで近隣の菩提樹の下に座し「人間は、あまりにしんどいことを自分に課しても得るものはない!」と悟ります。これが仏教の出発点です。

 過去の偉人ですら、「やり過ぎはダメ。しんどいだけでは何も成し遂げることはできない」と言っているのに、現代の私たちが、自分に厳しくしたところで得られるものは病気だけだと思います。

 そう考えると、「自分をケアすること」は、生きていく上で最優先にするべきことです。野生動物だって、基本は自分が生存することが最優先で、他者のために生きている動物なんていません。