社会を変えるには、社会をつくる当事者になることから

――中原さんのTeach For Japanでは、フェローシップ・プログラムを通して教師になりたい人がたくさんいらっしゃると思うんですが、そういう方の適性はどうやって見極められているのですか。

中原健聡(以下、中原):応募時点の動機は教師になる事が目的のような場合もありますが、プログラムを通じて、教師というキャリアを手段にどういう社会、どういうビジョンを実現したいのか、その点が重要になってきます。僕がなぜサッカー選手なのかを問われたのと同じです。

 フェローシップ・プログラムの2年間は教師として、教育現場で子どもたちに対して責任を果たすことが前提になりますが、授業が上手だから採用するわけではありません。Teach For Japanではこれまでの学習観を転換するので、自分たちが受けてきた旧来の授業を上手にできる必要はまったくないのです。

 教育活動を通じ、20年後、30年後にどのような時代、どのような社会をつくりたいのか。その人の視点・視野・視座を見極めるのに、1回の選考では不可能です。

 そこで、最初の選考の段階と、7ヵ月から8ヵ月間の赴任前研修で、その人の可変性やメタ認知力を見極めていきます。そのため、選考を通過したが、研修中に教師として赴任はできないと判断することもあります。選考も含め、約7ヵ月の赴任前研修で資質・能力を高め、教師に入職した後も2年間のフォローアップがあります。その約3年近いプロセスを経て、社会をつくる当事者になります。

――どういうビジョンの方が参加されるのですか?

中原:Teach For Japanのビジョンである「すべての子どもが、素晴らしい教育を受けることができる世界の実現」と大きな齟齬がないことにはなりますが、ビジョンは人それぞれなので画一的に表現できません。先ほど渡邊さんもおっしゃったように、最初から社会を変えたいという強い意志を持った人を見出そうとしているわけではなく、社会をつくる当事者になるというマインドセットを持てる人を探しています。

 私がスペイン時代にそうだったように、問われるからこそ考えますよね。そういうプロセスを続けると、モヤモヤとしたカオスの状態から、やがてロジカルな考え方に行きついていく。そしてまた、自問自答する中でカオスの状態になる。ロジカルとカオスを旅するような形で、自身のビジョンを言語化するプロセスが、我々の脳神経科学を応用した研修にあります。そこで言語化できない人や、思いを磨ききれない人は、その時点で抜けていきます。

 したがって、あなたのビジョン、あなたの将来の描き方は100点です、80点ですという評価は絶対にしません。それよりも、どれだけ当事者意識があり、情熱があるか。それを自分の言葉として語れるか。それが重要なのです。

 先ほど社会起業家が流行っているとおっしゃいましたが、その流れに乗って巷に溢れている言葉を集めて取り繕っても見透かされます。その人の言葉が言葉になっているかどうかは、その人のたたずまいに表れてくるもの。それを赴任前研修で判断します。また、学習設計においては、学習科学を基礎に人はいかに学ぶのかという視点で学習を設計する力を高めていきますので、定型的な授業力は評価されません。

中原健聡 Teach For Japan中原健聡(なかはら・たけあき)
Teach For Japan代表理事
2011年に大学卒業後スペインへ渡り、サッカー選手として2014年までプレー。サッカー選手時代に「何のためにサッカー選手をしているのか」という問いを持ちながら、キャリア教育で日本の中・高・大学生へ講演をしたことを機に、「生きたいように生き続ける人であふれる社会の実現」をVisionに教育分野での活動開始。帰国後は大学で事務職員をしながら日本の学校制度について調べ、現場に出ることを決意し、Teach For Japanのフェローシップ・プログラム3期生として公立小学校で勤務。フェローシップ・プログラム修了後は、札幌新陽高校に校長の右腕として着任し、学校経営・開発に携わり、2018年に新陽高校で「偏差値ではなく経験値、最終学歴ではなく最新学習歴の更新」を軸にしたProject Based Learningによるライフスキルの開発に特化した探究コースを創設。2019年よりTeach For JapanのCEOに就任し、問題が複雑で答えがわからず、必要な変化を実現するためのリソースや権限を単独で持っているプレーヤーが存在しない公教育の改革、教育格差の解消に向けて、コレクティブ・インパクトによる社会課題の解決に挑戦している。2021年より経済産業省産業構造審議会臨時委員に就任し、教育イノベーション小委員会メンバーも務める。