「運動」の驚くべき“癒し効果”にスポットを当てた研究が、今、世界的に注目を集めている。運動すると……「ストレスから守られる」「抗うつ薬に匹敵する“うつ改善効果”が得られる」「レジリエンス因子が増え、不安に強くなる」「遺伝と同レベルの認知症リスクを解消できる」「自然界で2番目に強い“睡眠導入剤”が体内で作られる」など、その驚きの研究結果をまとめたのが“運動×神経科学”の第一人者であるジェニファー・ハイズ博士だ。彼女の研究は、ニューヨーク・タイムズ、BBC、CNN、ハフポストなど、多数の国際的メディアに取り上げられて話題を呼んでいる。その内容を一般向けにわかりやすくまとめた初の著書の邦訳版『うつは運動で消える 神経科学が解き明かした「心の不調」のリセット法』が9月7日に発売となった。今回は、本書の発売を記念して、その内容の一部を特別に公開する。

4割の人が「うつ」と無縁に!?最新科学でわかった“薬に頼らないメンタル改善法”Photo: Adobe Stock

運動vs.抗うつ薬、勝つのはどっち?

 ここで、ある研究結果について見てみましょう。実験では、3人の友人、エリック、アンディ、チャールズを被験者としました。全員がうつ病を患う心臓病患者で、座る時間が多く、うつ病の治療を受けていません。

 エリックは「運動グループ」に振り分けられ、30分間、監視付きの有酸素運動(トレッドミルでのウォーキングまたはジョギング)を中から強の強度で、週3回行いました。運動プログラムのおかげで、エリックは気分がよくなり、介入後はうつ病とは無縁になりました。実際、この実験の参加者の40パーセントが、最終的にうつ病ではなくなりました(対して、抗うつ薬投与グループではわずか10パーセント)。

「抗うつ薬」の不都合な副作用

 アンディは「抗うつ薬投与グループ」に振り分けられ、抗うつ剤セルトラリン(別名ゾロフト)を処方され、開始時の投与量1日1錠(50mg)を、必要があれば1日4錠(200mg)へと増量しました。

 抗うつ薬の治療により、アンディは憂うつな気分を軽減できましたが、疲れやすくなり、性欲もなくなりました。これらの副作用は非常に不快なので、治療をやめざるを得ないとまで思わせました。実際、抗うつ薬投与グループの20パーセントの人がこのような不都合な副作用を報告し(対して運動グループではわずか2パーセント)、2人の参加者はひどい副作用のために完全に中止せざるを得ませんでした。

 もう一人のチャールズは「プラセボグループ」に割り当てられ、プラセボ錠(偽薬)を1日1錠処方されました。チャールズは、実際には治療効果がないのに、抗うつ薬を飲んでいると思い込んでいました。チャールズは少し気分がよくなったと感じたものの(プラセボ効果)、運動した人ほど気分はよくなりませんでした。また、彼を含むグループのすべてのメンバーは、誰一人として介入後にうつ病から解放されませんでした。

 勝者は明らかにエリックです。ただし実験終了後には、毎週のウォーキングにアンディとチャーリーも参加するようになりました。今では3人とも、より健康で幸せな生活を送っています。今では全員が勝者です!

(本原稿は、ジェニファー・ハイズ著、鹿田昌美訳『うつは運動で消える ~神経科学が解き明かした「心の不調」のリセット法』の内容を抜粋・編集したものです)

ジェニファー・ハイズ

世界トップのキネシオロジー(運動科学)学科を擁するカナダ・マクマスター大学のニューロフィットラボのディレクターであり、運動と神経科学研究の第一人者。主に、身体運動がメンタルヘルスや認知能力にもたらす影響について研究し、受賞多数。その研究は、ニューヨーク・タイムズでの特集をはじめ、CNN、NBC、BBC、ハフポスト、CBSなど、国際的メディアの注目を集めている。初の著書の邦訳版『うつは運動で消える』が2022年9月7日に発売。