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昭和の大横綱・大鵬がひと際輝いたのは、
柏戸がいたから。改めて考えるライバルの重要性

相沢光一 [スポーツライター]
【第235回】 2013年1月22日
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大鵬を輝かせた
ライバル・柏戸

 昭和の大横綱、大鵬が亡くなった。

 大鵬といえば必ず出てくるフレーズが「巨人、大鵬、卵焼き」。昭和30年代から40年代にかけて大鵬は、子どもが好きなものの代名詞になるほどの国民的ヒーローだった。均整のとれた体に端正なマスク。そして何より圧倒的な強さがあった。優勝回数は歴代最多の32回。全勝優勝8回も最多だし幕内勝率8割3分8厘もまだ破られていない。一世を風靡したこの偉大な元横綱が亡くなったのは、ひとつの時代が終わったことも意味する大きな出来事。心から冥福を祈りたい。

 大鵬はヒーローになるべくしてなった非の打ちどころのない力士だったが、その輝きがより増したのは、柏戸というライバルがいたからである。対戦成績は大鵬の21勝16敗だが、これは柏戸が引退間際に5連敗して差がついたもので、全盛期はまったくの互角。激しい攻めを身上とする柏戸は「剛」(本名も剛)、それを受け止め技で対抗する大鵬は「柔」と称され、名勝負を繰り返した。大鵬には女性や子どもを含めた幅広い人気があったが、男性には柏戸を支持する人も多く、両者が対戦する時は大鵬派、柏戸派に分かれて勝負が注目されたものだ。

 大相撲はこうしたライバルが雌雄を決する構図があると盛り上がる。その対決が呼び物となり、人気を獲得してきたといってもいいほどだ。テレビ中継が始まった昭和28年当初は栃錦―若乃花の「栃若時代」、次いで大鵬―柏戸の「柏鵬時代」。その後も北の富士―玉の海、北の湖―輪島、そして平成に入ってからは貴乃花―曙がライバルとして、その対決に注目が集まった。また横綱同士ではないが、貴乃花のお父さんの大関貴ノ花と関脇高見山も小兵と巨漢の対決として呼び物になった。

 大相撲にひと頃ほどの人気がなくなったのは、連続した不祥事や、強いのは外国人力士ばかりということだけでなく、これといったライバル対決がないことも大きいのではないだろうか。

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相沢光一 [スポーツライター]

1956年埼玉県生まれ。野球、サッカーはもとより、マスコミに取り上げられる機会が少ないスポーツも地道に取材。そのためオリンピックイヤーは忙しくなる。著書にはアメリカンフットボールのチーム作りを描いた『勝利者』などがある。高校スポーツの競技別・県別ランキングをデータベース化したホームページも運営。 「高校スポーツウルトラランキング」


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