頭のいい人は、「遅く考える」。遅く考える人は、自身の思考そのものに注意を払い、丁寧に思考を進めている。間違える可能性を減らし、より良いアイデアを生む想像力や、創造性を発揮できるのだ。この、意識的にゆっくり考えることを「遅考」(ちこう)と呼び、それを使いこなす方法を紹介する『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための「10のレッスン」』が発刊された。
この本では、52の問題と対話形式で思考力を鍛えなおし、じっくり深く考えるための「考える型」が身につけられる。「深くじっくり考えられない」「いつまでも、同じことばかり考え続けてしまう」という悩みを解決するために生まれた本書。この連載では、その内容の一部や、著者の植原亮氏の書き下ろし記事を紹介します。

【9割の人が知らない】頭のいい人がやっている、思考の罠から抜け出すシンプルな習慣Photo: Adobe Stock

長男は、本当にすごいのか

 人は誰しも、「いかにもありそう」な説明には簡単に納得してしまうものである。
 たとえば、次の文章を読んでほしい(数字は架空のものである)。

日本の会社社長は65パーセントも長男がいる。長男として生まれた責任感のおかげで出世できるんだろうね
※植原亮『思考力改善ドリル――批判的思考から科学的思考へ』(勁草書房、2020年)、84ページ

 長男は一家を背負うことになるという責任感が強く、それが仕事に一生懸命に取り組むことにつながる。そうして出世街道を走り、やがては社長の座まで登り詰めることも少なくない。なるほど、これは確かにありそうなストーリーだ。実際、この説明で納得してしまう人もいるかもしれない。

 けれども、ここは慌てずに考えたいところだ。上の文章を読んで、すでにいくつか疑問が湧いたよ、という鋭い読者もいることだろう。

 たとえば、次のようなものだ。責任感が強ければ、本当に出世するのか? そもそも長男なら責任感が強い、というのは正しいのだろうか? などなど。

 しかし、気がつきにくいのは、文章の冒頭部分に対して疑問を突きつける余地があることだ。
65パーセントも長男」というのは、果たして本当に注目に値するような数字なのか。実はそれは、特別な説明を必要としない数字なのかもしれない――この点に目を向けることができるかは、頭がうまく使える人とそうでない人の差を分ける重要な局面になる。

思考の質に差がうまれるポイント

 詳しく説明しよう。ここで求められているのは「基礎比率」を正しく考慮して思考を進めることだ。
「基礎比率」とは、おおまかには「もともとの割合」「そもそもの割合」のことだと思ってもらえればよい(基礎比率は「基準率」などとも呼ばれるが、いずれも「base rate」の訳語であり、どちらを使ってもよい)。

 先ほどの例では、基礎比率として「そもそも、全人口の中で長男がどれくらいの割合を占めているか」を考えるとよい。そう、長男のもともとの割合はけっこう大きいはずなのだ。
 というのも、長男と比べて、二男、三男、四男は下るにつれて必然的に割合が小さくなっていく。

 さらに、長女とも比較してみよう。日本では、女性の就業人口は男性よりも小さいのが現状だ。ゆえに、長男の就業人口の方が、長女に比べて大きいと考えられる。

 つまり、長男が(就業)人口の中で占める割合がそもそも大きいのである。だとすると、当然のこととして、会社社長も長男が多くなるわけだ。65パーセントという数字は、基礎比率を考えれば、決して特別大きなものではない、という結論が導かれる。

 人間は基礎比率を考えるのが必ずしも得意ではなく、ついつい基礎比率の存在を見落として、ものごとを判断してしまいがちだ。

 こうした「基礎比率の無視」はいわゆる認知バイアスの一種であり、人間が陥りやすい思考の罠のひとつである。それだけに、まずは基礎比率を確認するように心がけるだけで、思考の習慣が大きく改善することになる。

練習してみよう

 ごく簡単な例を挙げてみる(これも数字は架空のもの)。

宝くじに当たりやすい血液型というものがあるだろうか?
調べてみると、宝くじの1等当選者の割合は、A型が40パーセント、B型が20パーセント、O型が30パーセント、AB型が10パーセント、ということがわかった。

A
型の人は当たりやすい。A型のあなたは、積極的に宝くじを買ってみよう!

 これには疑問を持つことができただろうか。実は、ここに記した1等当選者の割合は、単に日本の人口における各血液型のおおよそ割合にすぎない。

 そもそもA型の人が40パーセントの割合を占めているのだから(これが基礎比率)、宝くじの1等当選者に占めるA型の割合が同じ40パーセントでも、何の不思議でもない。A型がとくに当たりやすい血液型というわけではないのだ。
 
 基礎比率の話は、知ってしまえばそれほど難しくはない。けれども、依然として、広く知られているともいいがたい。この機会にぜひ思考ツールとして身につけて、思考の質を向上させよう。

(本稿は、植原亮著『遅考術――じっくりトコトン考え抜くための10のレッスン』著者植原亮氏の書き下ろし記事です)

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遅考術』には、情報を正しく認識し、答えを出すために必要な「ゆっくり考える」技術がつまっています。ぜひチェックしてみてください。

植原 亮(うえはら・りょう)

1978年埼玉県に生まれる。2008年東京大学大学院総合文化研究科博士課程単位取得退学。博士(学術、2011年)。現在、関西大学総合情報学部教授。専門は科学哲学だが、理論的な考察だけでなく、それを応用した教育実践や著述活動にも積極的に取り組んでいる。
主な著書に『思考力改善ドリル』(勁草書房、2020年)、『自然主義入門』(勁草書房、2017年)、『実在論と知識の自然化』(勁草書房、2013年)、『生命倫理と医療倫理 第3版』(共著、金芳堂、2014年)、『道徳の神経哲学』(共著、新曜社、2012年)、『脳神経科学リテラシー』(共著、勁草書房、2010年)、『脳神経倫理学の展望』(共著、勁草書房、2008年)など。訳書にT・クレイン『心の哲学』(勁草書房、2010年)、P・S・チャーチランド『脳がつくる倫理』(共訳、化学同人、2013年)などがある。