記述式が頓挫した二つの理由

 もう一つ、共通テストで計画が頓挫したものがある。数学と国語での記述式の出題だ。採点に要する時間が課題だった。中には、採点を優先させるために記述の字数を減らすといった本末転倒な意見も出ていた。AIで採点をする、同じような答案をまとめて採点するなどさまざまなことが言われていたものの、採点への不安は拭い切れなかった。機械による採点技術の開発が実施までに追いつかないことに鑑みれば、もっと早く導入中止を決めても良かったのではないかと思われる。

 そもそも、なぜ記述式問題を導入しようとしたのか。現代文の問題を思い浮かべてほしい。本文があり、そのあとに小問が続く。小問には五つほどの選択肢があり、そこから正解を選ぶ。そのときに、こうした出題に慣れた受験生であれば、まず小問と選択肢に目を通してから本文を読むだろう。なぜならば、必ず選択肢の中に正解が一つあるからだ。どの選択肢が正解なのか当たりをつけながら本文を “犯人捜し”をするよう読むことで、時間の短縮を図ることができる。
 
 しかし、この「必ず正解が一つある」ことが問題なのだ。あらかじめ正解が用意されている問題を解くのとそうでないのでは思考が大きく異なる。世間を見渡せば、正解が一つに決まるわけではなく、必ず正解があるわけでもない。そこから脱したい思いがあることは理解できる。
 
 とはいえ、計画されていたような記述式の出題でその思いを実現するには無理があった。元来、正解が一つに決まらないものは自由に記述させるため採点が難しい。採点期間の短さから機械採点を計画したが、それは不自由な記述問題を出題することにしかならず、当初の趣旨からだんだんとかけ離れていってしまった。だから、記述式の導入は頓挫したのだ。
 
 一方、数学では記述式導入による“課題解決”を目標に掲げた。応用数学は、そもそも課題解決とともに発達した学問であり、目指すところは十分にうなずける。ただ、出題者の努力の結果、現状の共通テストのマークシート問題を見れば、数学による日常の課題解決を記述式で問う必要がないことは明白である。小問による誘導で思考させることには不自由さが伴う。これを基礎基本の理解を求める共通テストで問う必要があったかは甚だ疑問であった。
 
 こちらも国語同様、自由な発想で問題を解かせる記述式だったら採点が間に合わないことは火を見るよりも明らかである。日常生活と数学の世界を“ぐるぐる”回って問題を解くことは、現状の出題方針でも示されている。

 繰り返しになるが、数学の記述式を含めた基本的な出題方針は、マークシートによる出題のみになっても貫徹されている。それを理解できなかった教員らの指導が、2022年度の数学平均点の大幅な低下を引き起こしたのではないだろうか。