半導体への関心が高まるなか、開発・製造の第一人者である菊地正典氏が技術者ならではの視点でまとめた『半導体産業のすべて』が発売された。同書は、複雑な産業構造と関連企業を半導体の製造工程にそって網羅的に解説した決定版とも言えるものだ。
今回は同書より、多くの産業に深刻な影響を与えている「半導体不足」の回復の見込みについて述べた部分を紹介する。

自動車、家電に甚大な影響

「産業の米」とも呼ばれる半導体は産業用・民生用を問わず、クルマやパソコンから洗濯機や冷蔵庫に至るまであらゆる機器・製品に搭載されています。いまでは、「半導体が使われていないモノを探すほうが難しい」と言われるほどで、多少でも知的な機能を備えた機器には「必ず」と言ってよいほど、半導体が搭載されています。半導体不足の回復について語る前に、まず半導体不足が特に深刻な影響を受けた分野や製品について見ておきます。影響が最も大きかったのは自動車産業です。自動車は近年、「走る半導体」とまで呼ばれるほど、さまざまな種類の半導体が多数使われ、自動車のコストに占める半導体コストの割合は、十数%以上にも上ると言われているほどです。

 なかでも「エンジン制御」などに使われるコア(中核的)な半導体であるマイコン(MCU)の不足は、世界中の自動車メーカーに減産や操業停止という、深刻な打撃を与えました。このため、新車販売台数の減少や納車の長期化が生じ、それに伴って中古車の不足や価格上昇も引き起こされました。

 自動車産業だけでなく、家電製品への影響も大きなものがありました。いわゆる「白物家電」と言われる冷蔵庫、洗濯機、炊飯器、電子レンジなどや、黒い塗装が多いことから「黒物家電」と言われるテレビ、ビデオレコーダなどが品薄になり、入手困難やリードタイムの長期化が起こりました。

 他にも、ライフラインに直接関係するものとして、給湯器の入手や修理がほとんどできず、エアコン、IH調理器、モニター付きインターフォンの入手も困難になりました。

 そもそも家電に関しては、使用している半導体は先端的なものではありません。一昔も二昔も前の「枯れた技術」で作られている半導体でした。このため、まさかそんな製品が不足することなど、家電メーカーや半導体メーカーにとっては想定外だったと言えるでしょう。

半導体不足と自動車Photo: Adobe Stock

半導体の不足が「半導体製造装置の不足」まで招く悪循環に

 さらにコロナ禍による在宅勤務やテレワークの急増、あるいは巣ごもり需要(旅行や外出規制)が増えたことによるパソコン、家庭用プリンター、タブレット端末、電子ゲーム機の需要増も大きな影響を与えました。医療関係でも、内視鏡に用いる半導体(イメージセンサー)の不足や、その他の医療機器・医療システム関連に対する影響もありました。社会インフラとしてのインターネット、銀行のATM、公共交通網などにも少なからぬ影響が及びました。

半導体不足と家電Photo: Adobe Stock

 さらに皮肉なことに、「半導体不足が半導体製造装置の不足を招き、ひいては製造装置の不足が半導体そのものの不足を招く」という悪循環さえ生じたのです。

 このように、半導体の不足は、人々の日々の生活における利便性、快適性、遊びなどを阻害するだけでなく、安全性や生命そのものにも関わる深刻な影響を与えました。

 そんななかで、「半導体不足によって、自社の生産や商品・サービスの供給面でマイナスの影響を受けた」と答えた115社のうち製造業が86社に上ったという調査結果もあります(帝国データバンク「上場企業「半導体不足」の影響・対応調査」2021年8月より)。

 半導体が不足することで、人々の生活、企業での生産活動が窮地に陥ることを私たちは知ることとなったのです。

半導体不足の回復は「まだら模様」

 2020年後半から始まった「半導体不足」はいつまで続くのでしょうか。この点に関してはさまざまな意見や見方、憶測があり、「2022年中に回復する」と予測する人もいましたし、「2024年までは続く」という意見もあります。

 私自身は、需給バランスの回復は「まだら模様ではないか」と感じています。すなわち、先端技術を用いた半導体と、従来技術(枯れた技術)による半導体の違いや、新しい応用分野向けと従来分野向けの違いなどによって、半導体の回復模様が異なってくると感じているからです。

 具体的には、先端技術を用いた半導体は2024年以降になってからの回復、と考えています。これらの最先端半導体を使用する新しい分野としては、EV(電気自動車)、自動運転自動車、IoT、AI(人工知能)、AR/VR、メタバース、通信インフラ(5G、さらにB5G:Beyond 5G)などがあり、これらに対して主要半導体メーカーが2020年以降に製造ラインを投資してきました。しかし、それらが本格的に立ち上がり、最先端の半導体を市場に潤沢に供給できるようになるのは、2024年以降になってからだろうと考えるからです。

 いっぽう、先端的とは言えない従来技術(枯れた技術)の延長線上にある半導体を使用する分野として、従来型のクルマ、家電製品、モバイル端末機器、データセンター用、DX(デジタル・トランスフォーメーション)などでは、ごく一部の分野を除き、市場そのものの拡張による半導体需要の拡大があります。

 加えて米中対立やロシアvsウクライナ戦争などの不安定な政治経済情勢を踏まえ、戦略製品としての半導体サプライチェーンの確保・確立が求められています。

 同時に考えなければならないのは、従来技術による半導体は先端技術半導体に比べて利益率が低い点です。このため製造メーカーは大幅なリソース投入を躊躇せざるを得ない、という側面もあります。さらにスマホなどでは、コロナやインフレの影響で、買い替え需要の増減などの要因も、今後の需給見込みに絡んでくることでしょう。

 したがって、これらの分野では半導体製品ごとに「まだら模様」を抱えながら、比較的短期にバランスが取れる半導体分野と、少なくとも2024年までは需要に対し供給がなかなか追いつかない半導体分野とが混在し続ける、と見るべきではないでしょうか。

 2020年初頭から2022年にかけて生じた極端な半導体不足は、2022年中頃から徐々に風向きが変わり、本書の校正を行なっている現時点(2022年12月上旬)では、車載用半導体やパワー半導体などを除いた半導体一般の需給アンバランスは、在庫調整や一部製品市場の伸び悩みなどの影響もあり、解消されてきています。

 WSTS(世界半導体市場統計)や米国ガートナー社などの調査機関の予測によれば、2022年度の半導体市場は前年比4.4%増と、当初予測を下回っています。特に米国、欧州、日本の10~17%の伸びに対し、全体の60%弱を占めるアジア太平洋地域の伸びが2%台と低かったことが影響しています。いっぽう、2023年度については、上半期の調整期間の影響もあり、3.6%のマイナス成長が予測されています。

 しかし、2023年度後半から2024年度にかけては、市況は大きく好転すると筆者は考えています。DXやAIの進展、IoTの普及、省エネ化などに加え、本書6章でも触れる新規市場の立ち上がりが背景に控えているからです。

 なお、このような半導体の供給不足、あるいは供給過多の問題というのは2020年~2022年にかけて起きた固有の問題ではなく、昔から半導体業界では繰り返し、繰り返し行なわれてきたことといえます。今後も同様の問題が生じたとき、どのように状況をとらえ、どのように対応すればよいのか、その一助としてご理解いただければ幸いです。

(本記事は、『半導体産業のすべて』から一部を転載しています)