世界標準の経営理論』著者で経営学者の入山章栄さんは、佐宗邦威さんの著書『理念経営2.0』について、「日本中の経営者が絶対に読んだほうがいい、いや、ありとあらゆるビジネスパーソンがみんな読むべき」と絶賛しています。
経営学者と戦略デザイナーとして別の立場から企業を支援するお二人に、企業や働く人に伝えたいことを語ってもらいました(第1回/全4回 構成:フェリックス清香)。

「経営者の孤独」を解消すれば、会社はもっとうまくいく

「経営者の孤独」が招く企業の行き詰まり

入山章栄(以下、入山) 僕はさまざまな講演でミッション、ビジョン、パーパス等、企業の理念が重要だと話していて、経営学でも最近の研究では、理念などの形成に注目が集まっています。ただ、経営学での理論的な説明はあっても、ミッション、ビジョン、パーパスが実際にどういったもので、それぞれの役割の違いと生み出し方の実践をここまでわかりやすく体系的に書いた本は、世界で見ても今までなかったと思います。佐宗さんの『理念経営2.0』を読んで、これからは「まずはこの本を読んでください」と言えるので、ありがたいなと思いました。

佐宗邦威(以下、佐宗) ありがとうございます。僕の経営する戦略デザインファームBIOTOPEはもともとイノベーションや新規事業創出の仕事から始まったのですが、その後、ビジョン作りがテーマになり、不思議とここ3年は企業の理念作り全般をお手伝いさせていただくようになってきたんですよね。

 そうするなかで、同じブランディングの専門家から「ミッション・ビジョン・バリュー・パーパスってどう違うのかよくわからない。議論しよう」と言われたり、講演でも同じことを質問されたりするようになりました。それぞれの概念の位置づけなんかが曖昧なんですよね。

 とはいえ、ただ言葉を説明するだけでは意味がなくて、「企業理念とはそもそも何なのか?」「それを経営の現場で実践するためには、どういうことを考えて、何をやればいいのか?」という問いに答えていく必要があると思っていました。そうしたら結局、執筆に4年もかかってしまいまったんですが……(笑)。

入山 この内容ならそれぐらいかかるでしょうね。でも今、本当に理念作りが求められていますよね。

佐宗 数年前からパーパスがバズワードのようになっていますよね。入山先生は「パーパス経営ブーム」とも言える今の状況を、どうご覧になっていますか?

入山 いい流れだと思っています。この背景には3つあるでしょう。1つはイノベーションを起こし、変革をしないと会社はもう生き残れないのですが、変革するためには柱となるものが必要です。その柱となるのがパーパスです。しかし、日本の会社は新卒一括採用で終身雇用制だったので、これまでパーパスなど作らずにやってきてしまった。変革しようとしても難しい状況です。それに気づいて、今パーパスが求められているのでしょう。

 2つめはSDGsなどによる社会的意識の高まりの中で、企業は単純にお金儲けをするだけではなく、社会的な行動が求められるようになったことがあります。そもそも、これまで企業が儲かっていたのは、パナソニックの水道哲学のように、世の中に役立つことをやろうとしてきたからだったはずなのに、途中で儲けの方が目的になってしまってパーパスが失われてしまった。それに気づいて再びパーパスを持とうとしているのだと思います。

 3つめはパーパスがないと、特に若い人を惹きつけられなくなっているからです。若い人の方が圧倒的に社会的意識が高いんですよね。知名度も給料も圧倒的に高いはずの企業の内定を蹴って、パーパスのある企業で働きたいという新入社員と話したこともあります。この3つが背景にあって、パーパスを各社が求めているのでしょう。

佐宗 まったく同感です。今って「経営者が考えなければいけないこと」がどんどん増えていますよね。「利益と社会性を担保しつつ、すべてのステークホルダーにとって良い会社を経営する……? それって無理ゲーじゃね?」というのが、一経営者としての正直な思いです。

 こういう大変なチャレンジを強いられて、「自分で答えを出さなきゃ……」と、孤独に苦しんでいる経営者は世の中に多いんじゃないかなと。でも、そうやって経営者が一人で問題を抱え込んでしまうと、結果的に良いことが起こらない気がします。周囲が経営者の考えを忖度するようになるので、組織の自律性がなくなって、メンバーが力を発揮する機会を奪ってしまうとも思うんです。

 もちろん、戦略に関して経営者がいっさい答えを持っていないようでは、メンバーも不安になると思いますが、会社の理念に関しては、そもそも正解なんてないわけですから、みんなで考えていけばいいんだと思います。理念づくりをきっかけにして、経営者が一人で抱え込む構造を解きほぐしていけば、経営者の孤独も解消されるし、メンバーももっと能力を発揮できるのではないか。そう思って、経営者だけでなくメンバーも含めて車座で会社の理念を話し合うような会を提案していますし、今回の本も、経営陣や社員が一緒に語り合うきっかけになればという思いを込めて書きました。

「経営者の孤独」を解消すれば、会社はもっとうまくいく
入山章栄(いりやま・あきえ)
早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)教授
慶應義塾大学経済学部卒業、同大学院経済学研究科修士課程修了。三菱総合研究所で主に自動車メーカー・国内外政府機関への調査・コンサルティング業務に従事した後、2008年に米ピッツバーグ大学経営大学院よりPh.D.を取得。同年より米ニューヨーク州立大学バッファロー校ビジネススクールアシスタントプロフェッサー。2013年より早稲田大学大学院経営管理研究科(ビジネススクール)准教授。2019年より現職。Strategic Management Journal, Journal of International Business Studiesなど国際的な主要経営学術誌に論文を発表している。著書に『世界標準の経営理論』(ダイヤモンド社)、『世界の経営学者はいま何を考えているのか』(英治出版)などがある。