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原英次郎の「強い中堅企業はここが違う!」 トップに聞く逆境の経営道

経営の素人の女性社長が守った
日本の醸造技術と家族的経営(下)
―フジワラテクノアート藤原恵子社長

原 英次郎 [週刊ダイヤモンド論説委員]
【第12回】 2010年1月15日
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2000年に、夫で社長でもあった藤原善也社長が急逝する。恵子氏の父で会長を務めていた章夫会長が短期間、社長を兼務した後、恵子氏が社長を引く継ぐことになった。経営者の突然の死という危機を、どのようにして乗り切ったのか。

藤原恵子
フジワラテクノアートの藤原恵子社長は創業家出身。しかし経営や技術には全くの素人だったという。経営者だった夫の死という危機をいかにして乗り切ったのか。

 卒業してすぐ結婚し、子育てが命みたいな生活だったんですけれど、一転して主婦から社長へということになりました。

 私はここで育ったので、会社というものは、身近には感じて生活しておりました。小さい頃には、近所に独身寮がありまして、そこのお兄ちゃんたちとご飯を食べたり、お風呂に入ったりしていましたから。現に、私が社長になったときには、一緒にご飯を食べたお兄ちゃんたちが、何人もおりました。もう60歳前後でしたが、あの人もいる、この人もいるということで、とても勇気づけられました。

 社長というのは何かあったときに、責任を取らなくてはいけないということは、分かっていましたが、それ以外何も分かりませんでした。分かっていたら、できなかったかもしれません(笑)。

 うちの社員はいい方ばかりで、頼りない社長を、みんなで支えようという気持ちが、ひしひしと伝わってきましたので、私がなすべきことは、お客様と同様に、社員が満足して幸せになるような会社にすることだと、それは本当にそう思いました。

社長に就任するとまず、社員一人一人と面談を行った。そこで恵子社長は今でも脳裏に刻みつけている言葉を聞く。

 家庭環境のことは聞いてはいけないと言われていたので、こちらは何も聞かなかったのですが、社員の方が家庭のことを含めて、いろいろなことをしゃべってくれました。それからお客さんのところを回ったのですが、みなさんかわいそうに思ってくださって、温かく迎えていただいて、「なんていいお客さんなんだろう」と思って、帰ってきました。お客さんからも教わることが多かったですね。

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原 英次郎 [週刊ダイヤモンド論説委員]

1956年生まれ、佐賀県出身。慶應義塾大学経済学部卒。
1981年東洋経済新報社に入社。金融、証券、エレクトロニクスなどを担当。
1995年『月刊金融ビジネス』、2003年4月『東洋経済オンライン』、
2004年4月『会社四季報』、2005年4月『週刊東洋経済』の各編集長などを経て、2006年同社を退社。
2010年3月ダイヤモンド・オンライン客員論説委員、2011年10月編集長、2015年1月より現職。
主な著書に『銀行が変わる?!』(こう書房)、『素人のための決算書読解術』(東洋経済新報社)。

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