サステナビリティ経営の重要性を理解し、非財務情報の開示をはじめ、さまざまな施策に取り組む企業が増えている。だが、「PBR1倍割れ」問題が象徴するように、それが企業価値につながっている日本企業は多くない。競争力に直結しない施策ばかりを遂行していないか、それを見極めるにはどうすればいいのか。PwC Japanグループのプロフェッショナル2人に話を聞いた。

ストーリーを持つ企業は
企業価値を生む指標を選ぶ

編集部(以下青文字):2023年春、東京証券取引所はPBR(株価純資産倍率)1倍割れの上場企業に対し、異例の改善要請を行いました。非財務資本が企業価値に結び付いていない証左だといわれる中で、この状況をどうご覧になっていますか。

右│ PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス リード・パートナー 磯貝友紀 YUKI ISOGAI世界銀行など公的機関で民間部門開発、官民連携プロジェクトなどを手がける。2011年にPwC Japanグループのメンバーファームに入社。サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンスのリード・パートナーとして、日本企業のサステナビリティビジョン・戦略策定などの支援を担当。
左│ PwC Japanグループ サステナビリティ・センター・オブ・エクセレンス パートナー  林 素明 MOTOAKI HAYASHI
20年以上にわたり、外資系コンサルティング会社のテクノロジー部門、戦略部門などで多数のプロジェクトを手がける。2022年にPwC Japanグループのメンバーファームに入社。デジタルとサステナビリティの統合領域を強みとし、企業のサステナビリティ活動に関わる財務インパクト評価と戦略立案に従事。

磯貝:非財務資本を重視したサステナビリティ経営に取り組む日本企業は増えていますが、投資家からは「WHATを並べているだけで、肝心のWHYが見えてこない」という話をよく聞きます。非財務情報を書き連ねることに腐心し、いかに自社の競争力強化につなげるかのストーリーを描けていないと感じています。

 では、サステナビリティ経営の先駆者たちは非財務情報をどう取り扱っているのか。我々が海外の先進企業22社を対象に行った非公開調査で、ポイントが明らかになりました。それは、①どんな非財務情報を管理しているか、②なぜその指標を選んだのか、③その指標を経営の意思決定にどう使っているか、の3つです。

 ①については、一部にユニークな指標が見られたものの、多くの企業は一般的な指標を選んでいました。日本企業と顕著な違いが表れたのは、②と③です。ほとんどの企業が自社のキャッシュフローに好影響を与える指標を選び、経営の意思決定に効果的に活用していたのです。

 キャッシュフローにプラスの影響を与える要素には、トップライン(売上高)向上、コスト削減、機会損失削減の3つがあります。先進企業は、選んだ指標がそれぞれの要素にどう影響を与えているかをきちんと説明できています。自社がやるべきこととやらなくてよいことを選択し、独自のストーリーをもって情報開示している先進企業と、いいことに手当たり次第取り組んでいるけれど企業価値に結び付けられない企業。両者の違いはサステナビリティ経営の根本思想にあるかもしれません。

 先進企業の根底にあるのは、ヨーロッパを中心に広がった「統合思考」です。統合思考では、「インプット」(6つの資本(注)の投入)→「アウトプット」(商品やサービス創出などによる経済活動)→「アウトカム」(6つの資本への影響)というサイクルが存在します。

注)国際統合報告評議会(IIRC)が公表している「国際統合フレームワーク」で掲げられた資本。財務資本、製造資本、知的資本、人的資本、社会・関係資本、自然資本の6つに分類される。

 自社の経済活動が6つの資本にプラスの影響を与えれば、次の経済活動に必要な資本、言わば将来のインプットが増える。つまり、インプットとアウトカムが「正の循環」になっているかどうかが、統合思考の最大のポイントです。逆に、自社の経済活動によって6つの資本が毀損されると、将来のインプットも減り、「負の循環」となってしまう。まさにタコが自分の足を食べるような状態に陥ります。

 これまで多くの日本企業は、財務資本以外のアウトカムにあまり目を向けようとしませんでした。しかし、企業価値における非財務資本のウエイトが高まっている現在、財務資本と非財務資本の両方、すなわち6つの資本の強化によって、正の循環を実現することがサステナビリティ経営にとって非常に重要なのです。