イスラームの武装組織ハマスが、パレスチナ自治区ガザからイスラエルに大規模な襲撃を行なった。大量のロケット弾を発射するだけでなく、ブルドーザーでガザを取り囲む防護壁24カ所を破壊。侵入した2000人の戦闘員がイスラエルの軍事施設やパーティ会場、キブツ(農業共同体)などを襲い、子どもを含む多数の民間人を殺傷、イスラエル市民や外国人観光客など150人以上の人質をガザに連れ去った。10月18日時点でイスラエル側の犠牲者は1400人に達するとされる。

イスラエル・ハマスの大規模戦闘はなぜ起きているのか?イスラエルの歴史を紐解きながら「イスラエル人とパレスチナ人はどちらも正しく、どちらも間違っている」理由と解決策を考える図版 :barks / PIXTA(ピクスタ)

 これに対してイスラエルはガザ地区の電気・食料・燃料の補給経路を断つ「完全封鎖」を行ない、高層住宅、中心部の大学、モスクなど「ハマスの拠点」と見なした建物にはげしい空爆を実施、ガザ保健省などによると死傷者は1万人を超える。ハマスを掃討し人質を取り戻すためにガザ地区に地上部隊を投入するのも時間の問題で、住民に大きな被害が出ることが懸念されている。

「イスラエル人とパレスチナ人はどちらも正しく、どちらも間違っている」

 今後の展開は予断を許さないが、本稿では、そもそもなぜこのような事態に至ったのかを、ダニエル・ソカッチの『イスラエル 人類史上最もやっかいな問題』(鬼澤忍訳、NHK出版)に依拠しながら考えてみたい。なお、ハマスのテロはとうてい容認できず、イスラエルには市民を守る権利と義務があることと、テロ攻撃を受けたからといって無関係の市民を報復に巻き込んではならないことが本稿の前提だ。

 ソカッチはアメリカ生まれのユダヤ人で、イスラエルにデモクラシーを根づかせるためのNGO「新イスラエル基金(New Israel Fund)」のCEOを務めている。原題は“Can We Talk About Israel?: A Guide for the Curious, Confused, and Conflicted(イスラエルについて語ることができる? 興味深く、混乱・矛盾〈した事態〉のためのガイド)”。

 ソカッチはこの本を、「ディナーパーティーの席でたまたまイスラエルの話題になり、別の部屋に逃げ出したくなったという経験はないだろうか?」と問うことから始める。ユダヤ人のリベラルな社会活動家であるソカッチは、「イスラエルの状況を、そうだな、10分以内で説明してもらえない?」としばしば求められるという。

「イスラエル」というのはアメリカ人(欧米人)にとって、「知的で、教養があり、見識の高い多くの人びとが、それについてきわめて確固たる信念を表明していながら、実はろくな知識をもっていない」という意味で、きわめて特殊なテーマだという。

 イスラエルとパレスチナの問題は、「ほかの点では分別のある多くの人びとを完全な狂乱状態に陥れ」てしまう。その結果、昔ながらのリベラルなユダヤ人が超保守主義者になり、心優しく思慮深い進歩主義者(リベラル)が、他の国には要求しないようなボイコットや制裁をイスラエルに対して求め、福音派キリスト教徒が(現実のユダヤ教徒にいちども会ったことがないにもかかわらず)熱烈な忠誠心や献身を捧げることになる。

 これはもちろん、宗教と政治、アイデンティティが絡んだこの問題がとてつもなく複雑だからだが、だからといってあきらめてしまったのではなにも解決できない。そこでソカッチは、第一部でイスラエルの歴史を、第二部でイスラエルの現状を(ユーモアも交えて)平明に説明することで、「イスラエル人とパレスチナ人はどちらも正しく、どちらも間違っている――どちらも、自分ではどうにもならない力の、お互いの、自分自身の犠牲者なのである」ことを伝えようとしている。

ガザ地区はハマスが実効支配し、ヨルダン川西岸のパレスチナ自治政府と敵対関係にある

 議論の前提として、最初に基本的な事実を確認しておこう。広義の「イスラエル」は、(狭義の)イスラエルとヨルダン川西岸、ガザ地区を含む。国連決議などで将来のパレスチナ国家の領土とされたヨルダン川西岸とガザ地区を、イスラエルが実質的に「占領(支配)」しているからだ。

(狭義の)イスラエルは人口910万人で、そのうち74%がユダヤ系、20%がパレスチナ系市民で、残りはキリスト教徒やドゥルーズ派(イスラームの宗派)などだ。2018年に右派のネタニヤフ政権が「イスラエルではユダヤ人だけが自決権をもつ」ことを定めた国民国家法を可決したことで、人口の5人に1人にあたるパレスチナ系市民は、イスラエル国籍は有していても「自決権」のない「二級市民」になった。

 ガザ地区は福岡市とほぼ同じ面積に200万人のパレスチナ人が暮らし、ヨルダン川西岸は愛媛県とほぼ同じ面積で、310万人のパレスチナ人と70万人のユダヤ人入植者がいる。ガザに入植者がいないのは、2005年に“極右”のアリエル・シャロン首相が、200万もの住民から憎まれながら占領を続けるのは不可能だとして、国防軍とともに入植者を一方的に退去させたからだ。

 それに対してヨルダン川西岸にはベツレヘムやエリコなど聖書の時代に遡る歴史的な都市があり、ユダヤ教の(超)正統派だけでなく、アメリカの福音派などのキリスト教原理主義者もイスラエルによる併合を主張している。これを受けてネタニヤフ政権は、国際社会の反対を無視して入植政策を進めている(福音派を支持基盤とするトランプ政権はアメリカ外交史上はじめて、入植を正当と認めた)。将来のパレスチナ国家に70万ものユダヤ人入植者が存在することが、この問題の解決をいっそう難しくしている。

 ハマスは1987年にエジプトのムスリム同胞団がガザに設立したスンニ派の政治・軍事組織で、イスラエル(ラビン首相)とPLO(アラファト議長)の和平交渉に反対するインティファーダ(パレスチナ解放運動)を主導した。シャロンによるガザ地区からの撤退を受けて行なわれた2006年のパレスチナ評議会選挙で圧勝したが、PLOの軍事組織ファタハと対立し、両者の衝突によってガザはハマスが実効支配し、ヨルダン川西岸の自治政府(大統領はPLO議長のマフムード・アッバース)と敵対関係にある(2011年にハマスとファタハが和解の記者会見を行なったが、その後、連立政権の構想はまったく進んでいない)。

 ハマスをテロ組織とするイスラエルは、この選挙後、ガザ地区を囲む分離壁を構築してイスラエルから隔離した。これによってガザは、「天井のない監獄」と呼ばれることになった。

 ただしイスラエルは近年、ガザに電力などの生活インフラを提供し、住民にイスラエル内での就業を認めるなどの「懐柔」政策を行なってもきた。ハマスがなぜ今回、無謀な軍事作戦を実施したかはまだ解明されていないが、ガザ市民は、イスラエルの存在自体を認めないハマスの強硬路線になんの展望もないことにうんざりしているともいわれ、生活が安定した住民の支持が離れることに危機感を抱いた可能性がある。