上司の承認を得たり、部下に仕事を進めてもらったり、お客様にお買い上げいただいたり……ビジネスにおいて「相手の理解を得て、相手に動いてもらう」ことは必須のスキルです。そこで、多くのビジネスパーソンは「理屈で説得しよう」と努力しますが、これが間違いのもと。
なぜなら、人は「理屈」では動かないからです。人を動かしているのは99.9999%「感情」。だから、相手の「理性」に訴えることよりも、相手の「潜在意識」に働きかけることによって、「この人は信頼できる」「この人を応援したい」「この人の力になりたい」という「感情」を持ってもらうことが大切。その「感情」さえもってもらえれば、自然と相手はこちらの意図を汲んで動いてくれます。この「潜在意識に働きかけて、相手を動かす力」を「影響力」というのです。
元プルデンシャル生命保険の営業マンだった金沢景敏さんは、膨大な対人コミュニケーションのなかで「影響力」の重要性に気づき、それを磨きあげることで「記録的な成績」を収めることに成功。本連載では、金沢さんの新刊『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)から抜粋しながら、ゼロから「影響力」を生み出し、それを最大化する秘策をお伝えしてまいります。

「部下を褒める上司」が、実は職場で嫌われている“本質的な理由”写真はイメージです。 Photo: Adobe Stock

「褒めて人を動かす」ことはできるのか?

 褒めて人を動かす――。
 このようなアドバイスを読んだことのある人は多いでしょう。

 たしかに、褒められれば誰だって嬉しくなりますから、褒めてくれた人に何かをお返ししたいと思うのは自然なこと。『ポケットブック 影響力の武器』(N・ゴールドスタイン他、誠信書房)にも、「ある研究では、同僚から褒められた直後に、その同じ同僚から何か頼まれると、人は好意的な反応を返しやすいということがわかっています。」と書かれています。

 しかし、僕は、「相手を動かすために褒める」のをあまりお勧めしません。
 そうすることに「効果がない」とは言いませんが、「相手を動かす」という狙いをもっている限り、「短期的な効果」しか得られなかったり、「好ましくない副作用」が生じたりしがちだからです。特に、職場の人間関係のように、毎日顔を合わせながら長期的な関係を築く必要がある場合には、かえって自分の「影響力」を損なう結果を招くことが多いように思います。

部下は上司の「仮面」を簡単に見破る

 例えば、「部下をおだてて、都合よく動かそうとする上司」がいたとしましょう。もちろん、その上司は、真意を隠して、純粋な気持ちで「褒める」振りをするに違いありません。そして、誰だって、上司に褒められれば嬉しいものです。だから、その上司の要請・依頼に気持ちよく応じようとするでしょう。

 だけど、これが長続きするとは思えません。なぜなら、「上司は部下を理解するのに3年かかるが、部下は3日で上司を見抜く」と言うように、最も身近な権力者である上司の一挙手一投足を、部下はじっと観察しているからです。ちょっとした仕草、ちょっとした言動から、上司の真意を鋭敏に感じ取るのです。だから、ごまかしがきかない。

 上司が、いくら真心で褒めている”演技”をしたところで、部下はその「仮面」を見抜いてしまうのです。そして、「自分をおだてて、利用しようとした上司」の言葉を、部下が本心から信用することは二度とないでしょう。つまり、その上司の「影響力」が削がれるということです。

「部下を褒める上司」が、実は職場で嫌われている“本質的な理由”金沢景敏(かなざわ・あきとし)
AthReebo(アスリーボ)株式会社 代表取締役
1979年大阪府生まれ。早稲田大学理工学部に入学後、実家の倒産を機に京都大学を再受験して合格。京都大学ではアメリカンフットボール部で活躍、卒業後はTBSに入社。スポーツ番組などのディレクターを経験した後、編成としてスポーツを担当。2012年よりプルデンシャル生命保険に転職。当初はお客様の「信頼」を勝ち得ることができず、苦しい時期を過ごしたが、そのなかで「影響力」の重要性を認識。相手を「理屈」で説き伏せるのではなく、相手の「潜在意識」に働きかけることで「感情」を味方につける「影響力」に磨きをかけていった。その結果、富裕層も含む広大な人的ネットワークの構築に成功し、自然に受注が集まるような「影響力」を発揮するに至った。そして、1年目で個人保険部門において全国の営業社員約3200人中1位に。全世界の生命保険営業職のトップ0.01%が認定されるMDRTの「Top of the Table(TOT)」に、わずか3年目にして到達。最終的には、TOTの基準の4倍以上の成績をあげ、個人の営業マンとして伝説的な数字をつくった。2020年10月、プルデンシャル生命保険を退職。人生トータルでアスリートの生涯価値を最大化し、新たな価値と収益を創出するAthReeboを起業。著書に『超★営業思考』『影響力の魔法』(ダイヤモンド社)。営業マンとして磨いた「思考法」や「ノウハウ」をもとに「営業研修プログラム」も開発し、多くの営業パーソンの成果に貢献している。また、レジェンドアスリートの「影響力」をフル活用して企業の業績向上に貢献し、レジェンドアスリートとともに未来のアスリートを育て、互いにサポートし合う相互支援の社会貢献プロジェクト「AthTAG」も展開している。■AthReebo(アスリーボ)株式会社 https://athreebo.jp

相手の歓心を買おうとすれば、
周囲の「軽侮」を受ける

 あるいは、逆のパターンも考えてみましょう。
 上司が喜びそうなことを言って、なにかと便宜を図ってもらおうとする部下もなかにはいます。敏感な上司であれば、それを察知して警戒するかもしれませんが、「上司は部下を理解するのに3年かかる」と言われるように、往々にして、上司は鈍感なものです。そのため、”演技”の上手な部下であれば、上司を巧みに動かすことに成功するかもしれません。

 しかし、周囲は、その”カラクリ”を冷静に見抜いているものです。
 そして、相手の歓心を買うために褒めるようなことをする人物(部下)はもちろん、それに騙されて”いい気”になっている人物(上司)をも軽侮するようになります。つまり、その上司と部下の閉じた関係性においては、うまくいったとしても、周囲からは軽んじられ、双方とも職場における「影響力」を損ねてしまう結果を招くのです。

 だから、僕は、「相手を動かすために褒める」ことに対して否定的です。
 人間は、それほど器用ではありませんから、「相手を動かす」という下心は必ず見破られる運命にあります。その結果、自分が口にした「褒め言葉」がかえって相手を傷つけたり、相手に不快な思いをさせたり、周囲から軽侮を受けることになってしまうのです。

 大切なのは、純粋に「褒める」ことを意識することです。
 相手の「短所」や「失敗」などにばかり注目している限り、相手との良好な関係性を構築することは不可能ですし、そのような人付き合いをしていても苦痛なだけでしょう。

 それよりも、常に相手の「長所」や「成功」などポジティブな点に注目することで、相手との関係性を良好なものにしたほうが、人生が楽しくなるに決まっています。その楽しさを追求するために、純粋に「褒める」ことを意識すればいい。そんな楽しい人間関係を構築できれば、僕たちには、自然と「影響力」も備わってくるのです。

「褒め言葉」が相手を怒らせることもある

 ただし、「褒める」というのは意外と難しいものです。
「よかれ」と思って褒めたつもりでも、相手を不快にしたり、傷つけてしまうこともあるからです。最近、そのことを改めて教えられました。プロ野球のレジェンドであるAさんとゴルフをご一緒させていただいたときのことです。

 負けず嫌いのAさんは、ゴルフに対しても真剣そのもの。ティーショット(1打目)を打つために、ゴルフクラブを構えるAさんの姿を、僕はじっと見つめていました。スタンスを固めたAさんは、大きくテイクバックをしてから、鋭くダウンスイング。「パーン!」という心地よい打音を響かせて、ボールはものすごい勢いで飛んでいきました。

 僕は、すかさず「ナイスショット!」と声をかけました。
 誰とでも楽しくゴルフをしたい僕は、誰かがボールを打ったときに、それが明らかなミスショットでなければ「ナイスショット!」と声を出すことを心がけていました。そのときも、僕の立ち位置からは「ナイスショット」に見えたので、迷わず声を上げたわけです。

 ところが、Aさんは憮然とした表情で、僕のほうをチラッと一瞥しました。
 理由はすぐにわかりました。ボールは私が声を上げたその直後、大きく曲がって茂みに入ってしまったのです。

 Aさんは、打った瞬間に「しまった!」と思ったに違いありません。にもかかわらず、僕はよく確認もせず「ナイスショット!」と声を出してしまった。僕がAさんの立場であっても、カチンときたはずです。「適当なこと言いやがって。コイツは『ナイスショット!』と言って、おだててればいいと思ってるんだろう」などと気分を害してしまうのが人情というものです。

 だから、僕は、Aさんに「失礼をしました。インパクトがよかったから、思わず『ナイスショット!』と言ってしまいましたが、打球の行方をしっかりと見届けたうえで声を発するべきでした」と率直にお詫びをしました。Aさんは「大丈夫や。気にせんといて!」とニカッと笑ってくださり、僕はホッと胸を撫で下ろしたのです。

「褒める」ことよりも、
事実を「観察」することが大切

 これは、ほんの小さな出来事にすぎません。
 だけど、このとき僕は改めて、大切なことを再確認しました。
「褒める」のは簡単なことではありません。こちらは「褒めた」つもりでも、相手にとっては侮辱と捉えられることすらあるのが現実なのです。

 そのようなことを避けるために何よりも重要なのは、相手の言動をしっかりと観察して、「事実」を正確に把握すること。そして、それが「褒めるべきこと」なのかどうかを、自分の頭で判断することなのです。

 つまり、相手との信頼関係を構築するために本質的に重要なのは、「褒める」ことではなく、「事実」をしっかりと観察したうえで、その「事実」に対する価値判断をするということ。そして、「褒めるべき」と判断したときだけ「褒める」。このプロセスを誠実に遂行することによって、はじめて相手との信頼関係が生まれ、そこに「影響力」が生み出されるのです。

「いい加減な褒め言葉」は、かえって人からの信用を落とします。
 特に、Aさんのように一流と呼ばれる人たちは、「いい加減な褒め言葉」を嫌います。なぜなら、この世には、「いい加減な褒め言葉」で彼らの歓心を買おうとする人たちがたくさんいるからです。そんな胡散臭い「褒め言葉」に、一流の人たちはうんざりしているのです。

 だからこそ、僕たちは「褒める」ことを意識しすぎないほうがいい。それよりも、「事実」を把握したうえで、自らの価値判断で「褒める」かどうかを決めることが大切なのです(この記事は、『影響力の魔法』の一部を抜粋・編集したものです)。