ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
上久保誠人のクリティカル・アナリティクス

日米首脳会談で得たTPPの「聖域」は
本当に日本の「国益」にかなうものだったか

上久保誠人 [立命館大学政策科学部教授、立命館大学地域情報研究所所長]
【第55回】 2013年3月13日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage

 安倍晋三内閣の経済政策「アベノミクス」は、シニア層から若者への富の移転をもたらすという主張があるようだ。巨額の財政赤字は、少子高齢化の進行によって若者に将来引き継がれる。だが、大胆な金融政策で円安・インフレになれば、財政赤字は実質的に減っていく。その結果、国債を保有するシニア層の資産が減る一方で、若者の将来負担が軽減されることになるという考え方だ。

 しかし、それは円安・インフレの影響を一面的に捉えたものに過ぎないのではないか。円安・インフレには、デメリットもあるからだ。日本国内に暮らす日本人は、円安のデメリットを知らないと指摘される。だが、筆者は7年間の英国滞在経験で、円安のデメリットに直面した少数派の日本人である。

 筆者の英国留学がスタートした2000年9月、1ポンド=約150円であった。それが2004~2005年頃、円安で1ポンド=約250円になった。その結果、英国での生活費のやりくりが大変になった。日本の「100円ショップ」に相当するのは「1ポンドショップ」だが、日本なら100円で買えるものが、実質250円になったのだ。

 また、大学のカフェでコーヒー1杯約400円、サンドイッチ1個が約700円、タバコ1箱が約900円、ロンドンの地下鉄初乗り約1000円となってしまった。贅沢な暮らしはしていないのに、1年間の生活費が、留学初年度と比べて2倍かかっている感じがした。学費が高額になり、日本からの留学生が激減した。

 元F1パイロットの中嶋悟氏は、若手時代にF1を目指して、欧州のレースへの本格参戦を考えたが断念したという。当時、ロンドンのホテルの朝食が4000円する円安で、資金的に欧州を転戦するのは不可能だったからだ。

 結局、中嶋氏は日本のF3000を主戦場に、長い間F1参戦のチャンスを待った。F1参戦は34歳の時に、ようやく実現した。中嶋氏は度々入賞する活躍を見せたが、表彰台に立つことはできなかった。全盛期にF1参戦できていたらと惜しまれる。円安によって「中嶋悟」という稀有な才能は世界に羽ばたく機会を失ったといえる。

 円安・インフレは、若者がグローバル社会に挑戦し、富や地位や名誉を得る機会を奪ってしまうのだ。若者は貧しい日本国内に閉じ込められ、労働者として働き続けるしかなくなる。清貧という価値観を重視し、統制的で全体主義的な教育論が好みの安倍首相とその取り巻きにとっては、それこそが「美しい国」なのかもしれないが。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

上久保誠人 [立命館大学政策科学部教授、立命館大学地域情報研究所所長]

1968年愛媛県生まれ。早稲田大学第一文学部卒業後、伊藤忠商事勤務を経て、英国ウォーリック大学大学院政治・国際学研究科博士課程修了。Ph.D(政治学・国際学、ウォーリック大学)。博士論文タイトルはBureaucratic Behaviour and Policy Change: Reforming the Role of Japan’s Ministry of Finance。

 


上久保誠人のクリティカル・アナリティクス

国際関係、国内政治で起きているさまざまな出来事を、通説に捉われず批判的思考を持ち、人間の合理的行動や、その背景の歴史、文化、構造、慣習などさまざまな枠組を使い分析する。

「上久保誠人のクリティカル・アナリティクス」

⇒バックナンバー一覧