2022年11月、内閣主導で「スタートアップ育成5か年計画」が発表された。2027年をめどにスタートアップに対する投資額を10兆円に増やし、将来的にはスタートアップの数を現在の10倍にしようという野心的な計画だ。新たな産業をスタートアップが作っていくことへの期待が感じられる。このようにスタートアップへの注目が高まる中、ベストセラー『起業の科学』『起業大全』の著者・田所雅之氏の最新刊『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』が発売に。優れたスタートアップには、優れた起業家に加えて、それを脇で支える参謀人材(起業参謀)の存在が光っている。本連載では、スタートアップ成長のキーマンと言える起業参謀に必要な「マインド・思考・スキル・フレームワーク」について解説していく。

なぜAmazonは、マイナーな書籍を仕入れることからビジネスをスタートしたのか?Photo: Adobe Stock

「ムリ」を徹底的になくせ

競争を避けよ。競争は敗者のものである
 ――ピーター・ティール
 出典:https://www.youtube.com/watch?v=-oKjLVECMKA

 事業における「ムリ」の排除とは、そもそも無謀な戦いをしないということだ。既に競合がいたり、顧客が代替案で充足していたりする領域に対して、無理に突っ込んでいこうとするスタートアップや新規事業は少なくない。こうしたフィールドで戦っても、勝てるわけがない。

 大事なことは、市場全体を見渡して、その中で未充足の部分がないかを見定め、さらに競争がないセグメント/ドメイン(もしくは少ないところ)に資源を投下することである。

 Amazonは2023年現在、年間51兆円の売上を誇る世界最大のECカンパニーだ。創業者であるジェフ・ベゾスは創業当初から、「我々は『エブリシングストア(=全てのものを取り扱う店舗)』になる」と宣言していた。

 ただ、Amazonには本当に限られたリソースしかなかった。当時のジェフ・ベゾスの個人資産はさほど多くなく、父親から2000万円の借金をして、トータル3000万円ほどの資金で事業をスタートさせた(当時レート換算)。つまり、最初から本当の「エブリシングストア」を立ち上げるのは、無理だったのだ。

 では、何から始めるべきか、という発想から事業をスタートしたのだ。

 1993年頃は、まだインターネットの黎明期でeコマースは存在しなかった。つまり、世の中にはまだネットで販売・購買の概念がない中で、「エブリシングストアになる」ための第一歩をベゾスはあれこれと思案した。

 コンピュータソフトウェア、アパレル、事務用品など様々な商品やプロダクトを扱うことを検討した。その中で、最初にAmazonが扱ったのは書籍だった。さらに書店が置けないようなマイナーな本を中心に展開した。

 最初にネットで取り扱う商品として、書籍は多くの魅力を備えていた。まず書籍は腐らない。そのため、劣化による在庫のリスクがなかった。

 また、当時のインターネットはネットワークが脆弱だったので、画像を掲載することが難しく、せいぜいテキストを載せられる程度だった。アパレルや雑貨など、デザイン性が問われるものは消費者が画像を確認することが重要なので、適さなかった。

マイナーな書籍を取り揃えることに注力

 一方で書籍の場合は著者やタイトル、簡単な書籍内容というテキスト情報だけで購入の判断がつきやすい。さらに、文字情報だけでいいので、他の商品と比べてカタログ化も簡単だ。加えて、形状がそこまで多様ではないので出荷や発送がしやすく、さらに紙なので壊れにくい。

 書店は空間商売のため、注目の新刊をどんどん置きたがるが、書籍の業界にはロングテール商品(ニッチな商品)も多い。リアル店舗では難しくとも、そういった話題の新刊でない商品をインターネットショップであれば、多く抱えておくことができる。

 当時は、書店に置けないようなマイナーな書籍を読むには、大型の図書館に行って借りてくるしか選択肢がなかった。人気がなかったり、発売から時間が経っていたりする書籍であれば、ユーザーの代替案に対する未充足な状態がある。

 ジェフ・ベゾスは、まずはこうしたマイナーな書籍を取り揃えることに注力した。

 なぜマイナーな書籍の販売からスタートしたのかというと、そこに「強い競合」や「強い代替案」がなかったからである(マイナーな書籍を獲得するための代替案は、大学図書館に行くくらいしかなかったので、そこにはほとんど競争は存在しなかった)。

 つまり、「ムリ」がなかったのだ。その結果、1つの商材(書籍)に対して、100万タイトルという圧倒的な品揃えを実現させた。実際にベゾスと話したことはないが、下図のようなセグメンテーションを行い、どこが一番無理がないのかを検討したのだろう。

あなたの事業にとって『Amazonの書籍』に該当するものは何だろうか?」。これは、常に私が初期の起業家に問いかける質問である。

(※本稿は『「起業参謀」の戦略書ーースタートアップを成功に導く「5つの眼」と23のフレームワーク』の一部を抜粋・編集したものです)

田所雅之(たどころ・まさゆき)
株式会社ユニコーンファーム代表取締役CEO
1978年生まれ。大学を卒業後、外資系のコンサルティングファームに入社し、経営戦略コンサルティングなどに従事。独立後は、日本で企業向け研修会社と経営コンサルティング会社、エドテック(教育技術)のスタートアップなど3社、米国でECプラットフォームのスタートアップを起業し、シリコンバレーで活動。帰国後、米国シリコンバレーのベンチャーキャピタルのベンチャーパートナーを務めた。また、欧州最大級のスタートアップイベントのアジア版、Pioneers Asiaなどで、スライド資料やプレゼンなどを基に世界各地のスタートアップの評価を行う。これまで日本とシリコンバレーのスタートアップ数十社の戦略アドバイザーやボードメンバーを務めてきた。2017年スタートアップ支援会社ユニコーンファームを設立、代表取締役CEOに就任。2017年、それまでの経験を生かして作成したスライド集『Startup Science2017』は全世界で約5万回シェアという大きな反響を呼んだ。2022年よりブルー・マーリン・パートナーズの社外取締役を務める。
主な著書に『起業の科学』『入門 起業の科学』(以上、日経BP)、『起業大全』(ダイヤモンド社)、『御社の新規事業はなぜ失敗するのか?』(光文社新書)、『超入門 ストーリーでわかる「起業の科学」』(朝日新聞出版)などがある。