たびたびニュースを騒がせている「インフレ」。実は日本では実に40~50年ぶりであることをご存じだろうか(日本のバブル期には資産価格は上がったが、物価はほぼ上がらなかった)。インフレを経験として知っている人は少ない。そんななか、これから物価が上昇していく時代に突入しようとしている。
本連載では、ローレンス・サマーズ元米国財務長官が絶賛したインフレ解説書『僕たちはまだ、インフレのことを何も知らない』から、「そもそもインフレとは何か?」「インフレ下では何が起こるのか?」「インフレ下ではどの資産が上がる/下がるのか?」といった身近で根本的な問いに答えている部分を厳選して紹介する。

インフレは「勝ち組」と「負け組」を気まぐれに生むPhoto: Adobe Stock

インフレは一部の人から資産をむしり取る

 インフレはいわば、一部の人たちから資産をむしり取り、残りの人たちに分配する、気まぐれで不公平なメカニズムなのだ。

 特に大打撃をこうむりやすいのは、限られた現金しか持たない人々、つまり貧困層や年金受給者たちだ。貯蓄を「保護」するための金銭的な余裕や知識に乏しいからだ。

 一方、政府、住宅購入者、一部の企業など、借り入れの多い人々や組織は最終的に勝ち組に回るかもしれない。借り入れコストは上昇するとしても、負債が増加中の所得と比べて相対的に目減りしていく可能性が高いからだ。いつでもストライキを実行できる労組加入の労働者も、「インフレ率を上回る」賃上げの交渉に成功することが多い

 逆に、個人事業主や零細企業の労働者は、賃金の伸びがインフレ率に及ばない可能性が高いだろう。支配力を持つ企業は、コストの増加分(やそれ以上)を気安く顧客に転嫁できるが、そうした企業への供給業者や、競争の激しい環境で働く人々は、より厳しい状況にさらされると考えていい。

 どの社会にも、少なくとも相対的な意味での勝ち組と負け組が存在する。ある程度までなら、このプロセスは理解できるし、許容もできる。ほとんどの人は、イーロン・マスクやジェフ・ベゾスが貯め込んだ財産にやきもちを焼いたりはしない(国家を食い物にする独裁者が貯め込んだ資産には抗議の声を上げるかもしれないが)。

 また、私たちはしぶしぶとはいえ、一部の業界やその労働者たちが苦境に陥るのはやむをえない、とも認めている。そして、計画経済における公有化から、自由市場経済における臨時課税や給付制度まで、国家干渉を通じてこうした富、所得、機会の不平等の影響に対処するよう期待するのだ。