限定合理性をいかに克服するか?
サイモンが示した5つの意思決定過程

 日本のバブル経済は1980年代の後半に起きました。バブル崩壊は90年から始まります。世界史的にも大きな経済変動であり、その後の日本人の行動に大きな影響を与えました。リスクというより、損失の予測に対して極端に腰が引けます。

 サイモンは「予測の困難性」の項でこう書いています。

リスキーな投機的企てにおいて、損失という結果をより鮮明に心に描けるほど――そうした結果を過去に経験していることやその他の理由で――リスクを引き受けることが望ましくないように思われてくる。損失の経験があると、損失の発生がより高い確率で生ずると予測するよりは、むしろ損失という結果を避けようとする欲求が強化される。(148ページ)

「損失という結果を避けようとする」ため、損失に対して参照点から限界効用逓増になり、利益に対する限界効用逓減のカーブよりも傾きは急峻になります。これは行動経済学の「プロスペクト理論」の一つで、ダニエル・カーネマン(1934-)らが2002年のノーベル経済学賞を受賞しています。詳しくは、真壁昭夫『行動経済学入門』(ダイヤモンド社、2010年)、依田高典『行動経済学』(中公新書、2010)を参照してください。

 サイモンは、人間の限定合理性によって予測不可能なめちゃくちゃな経済像、あるいは経営像を描いたわけではありません。限定合理性を克服するための組織の意思決定過程を次のように考察するのです。

(1) 組織は、仕事をそのメンバー間に分割する。各メンバーに達成すべき特定のタスクを与えることによって、組織はメンバーの注意をそのタスクに向けさせ、それのみに限定させる。(後略)
(2) 組織は、標準的な手続きを確立する。ある仕事は特定の方法でなされなければならないと、きっぱりと(略)決めることによって、その仕事を実際に遂行する個人が、その仕事をどうやって処理すべきか毎回決める必要がなくなる。
(3) 組織は、権限と影響のシステムを確立することによって、組織の階層を通じて、決定を下に(そして横に、あるいは上にさえも)伝達する。(略)非公式的な影響のシステムの発達も、あらゆる実際の組織において劣らず重要である。(後略)
(4) 組織には、全ての方向に向かって流れるコミュニケーション経路がある。この経路に沿って、意思決定のための情報が流れる。(略)公式的なものと非公式的なものの両方がある。(略)非公式的な経路は、非公式的な社会的組織と密接に関係している。
(5) 組織は、そのメンバーを訓練し教化する。これは影響の「内面化」と呼ぶことができるだろう。なぜなら、それは、組織のメンバーの神経系統に、その組織が用いたい決定の基準を注入するものだからである。組織のメンバーは、知識、技能、および一体化あるいは忠誠心を獲得し、それによって、組織が彼に決定してもらいたいと欲しているように彼自身で意思決定することができるようになる。(171-172ページ)

 とくに(5)は、サイモンならではの科学的な組織論です。サイモンは本書で「意思決定過程の観点から組織が理解できるか」(序文)を考察し、読者のターゲットを「組織の監視者と設計者」(序文)においたのです。

次回は6月20日更新予定です。


◇今回の書籍 19/100冊目
『【新版】経営行動――経営組織における意思決定過程の研究』

組織の意思決定機能が「限られた合理性」の限界を超える――。1978年ノーベル経済学賞を受賞したハーバート・A・サイモンが、まさにその受賞テーマについて綿密に書き上げた、経営組織研究の金字塔。

ハーバート・A・サイモン 著
二村敏子、桑田耕太郎、高尾義明、西脇暢子、高柳美香

定価(税込)5,250円

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