「意思決定にはつじつまの合わない要素が必ず含まれる」
ノーベル経済学賞を受賞した組織研究
サイモンは米国の経済学者で、と紹介したいところですが、哲学、心理学、政治学、経営学、認知科学、情報科学から人工知能まで、じつに幅広い領域を横断しながら学際的な研究を続けた20世紀を代表する知識人でした。
本書『【新版】経営行動――経営組織における意思決定過程の研究』は、原書第4版(1997)の全訳で、2009年に出版されています。原書第1版は1947年に出ていますから、第4版は50年後のことです。この間、本書のテーマである「経済組織における意思決定過程の先駆的研究」で1978年にノーベル経済学賞を受賞しました。なお、原書第2版と第3版もダイヤモンド社からそれぞれ1965年と89年に邦訳が出版されています。
原題は“Administrative Behavior: A Study of Decision-Making Processes in Administrative Organizations, Fourth Edition,1997”です。邦訳で五百数十ページを超える浩瀚な書物で、学際的な記述が多く、翻訳は大変な作業であったと思われますが、正確な日本語を当て、やっかいなサイモンの述語が見事に翻訳されています。
読む側ももちろん苦労しますが、1行ずつサイモンの思考プロセスを追うつもりで読むと、意外にわかりやすい文章です。
サイモンは合理的な意思決定者について、次のように定義します。
客観的な合理性とは以下のことを意味している。行動する主体が、(a)決定の前に、行動の代替的選択肢をパノラマのように概観し、(b)個々の選択に続いて起こる諸結果の複合体全体を考慮し、(c)全ての代替的選択肢から一つを選び出す基準としての価値システムを用いる、ことによって、みずからの全ての行動を統合されたパターンへと形づくることである。
(144ページ)
そして、「こうした理想的な姿はない、多くのつじつまの合わない要素を含んでいる。もし行動がある期間にわたって観察されるならば、その行動はモザイク状の性格を示す」と続けます。
そして、実際の行動について、限定合理的であることを3点挙げます。
(1) 合理性は、各選択に続いて起こる諸結果についての完全な知識と予測を必要とする。実際には結果の知識はつねに断片的なものである。
(2) これらの諸結果は将来のことであるため、それらの諸結果と価値を結び付ける際に想像によって経験的な感覚の不足を補わなければならない。しかし、価値は不完全にしか予測できない。
(3) 合理性は、起こりうる代替的行動の全てのなかから選択することを要求する。実際の行動では、これらの可能な代替的行動のうちほんの二、三の行動のみしか心に浮かばない。(145ページ)