シンガポールで行われていたTPP交渉閣僚会議が、次回会合の日程さえ決められないまま閉会した。昨年末に「大筋合意」するはずだった交渉は、いよいよ漂流しそうな気配である。新聞は、「長引けば経済政策に影」(朝日新聞)などと書いている。「交渉の停滞=困ったこと」という捉え方だ。
このマインドセットが、誤っている。TPPは農業交渉ではない。その他の分野で、何が決まったのか。どの国が、誰のために、どんな主張をしているのか。説明も報道もない。中身さえ分からない協定は疑ってかかるのがメディアの仕事である。交渉停滞は大いに結構。TPPとは何か、誰が得し、損するのは誰か。じっくり考えよう。
熱心な記者ほど「同調思考」にはまる
私も記者クラブで仕事をしていたから、分かる。経験が浅く、熱心な記者ほど、「同調思考」にはまる。TPPでいえば、取材記者の頭の中は、交渉担当者や、後ろから指示を出す官僚などと波長が重なってくる。記者と官僚(あるいは政治家)とは対等ではない。権力者は情報を持っている。記者は教えてもらわなければ仕事にならない。TPPは「秘密交渉」(たいした秘密ではないが)なので、官僚は「守秘義務」を盾に、口を噤(つぐ)む。「そこを何とか」とにじり寄り、「迷惑かけないから」と相手の歓心を買ってちょっぴり話をしてもらう。当然、権力側に都合いい情報しか出てこない。
秘密交渉なのに、交渉24分野の進展状況や、合意の一部が報道されている。政府に都合いい情報を並べるとTPPとはこんな姿です、ということだ。
メディアは、中身が分からないから、交渉のスケジュールや、自民党内の関心事項、大臣の談話などでお茶を濁す。一方で声の大きい団体の反対論を紹介する。その結果、TPPはあたかも関税交渉で、農産品以外は大した問題ではないような刷り込みを世間に与えてきた。
「国際的な貿易のルール作りは大事なことだ。しかし、農業団体がいうこともよく分かる。上手く調整できないものか」とか「日本は貿易立国だから自由貿易促進は国益だ。農家は大変かもしれないが、農業も国際競争に曝されることは覚悟しなければ」などという世論が形成されつつある。
メディアの論調もこの域を出ていない。