日本企業にとっては「一足飛びの発展」チャンス

――本日は「AI時代の日本企業の変革」をテーマに、変革のプロフェッショナルのお二人にお話を伺います。まずは豊田さんの問題意識からお聞かせください。

豊田 「AI時代の企業変革」は、企業に「存在意義の再定義」を迫る本質的なテーマです。その本質を考える上で、私が重要だと感じているポイントは二つあります。

1点目は、AI活用が「省力化・効率化」の議論に終始しがちなことです。効率化はどの企業も取り組みますが、むしろ重要なのは、AIを活用して「どう他社と差異を生み出すか」「どうゲームチェンジを起こすか」です。そのためには、「本質的な問いを立てる力」や「自社の本質を再定義する力」がこれまで以上に求められます。

2点目は、AI時代だからこそ、逆に「人にフォーカスすること」の重要性が増している点です。変革は、「戦略が2割、実行が8割」といわれるように、難しいのは実行であり、その最大の壁は「人の心が動かない、行動が変わらない」ことにあります。最終的に変革をドライブするのは「人」であり、そこにこそ難しさと大きな可能性があります。

冨山 おっしゃる通りです。AI時代においては、これまで人間が担ってきた仕事の価値がAIによって失われる衝撃を直視する必要があります。AIは24時間稼働可能なため、定型業務や情報処理業務はごっそりと機械化されます。そうなると、人間は未体験の仕事へシフトし、新たな価値を生み出すしかありません。これは、野球選手が、ルールも能力も異なるサッカーやバスケットボールの選手への転身を迫られるような、「ゲーム自体の変更」に相当します。このドラスチックな転身を「人の集団」である企業が進めなければならない点に、AI時代の変革の難しさがあります。

――従来のDXと比べ、AIネイティブ時代の変革は何が根本的に違うのでしょうか。

冨山 最大の違いは、ツールとのインターフェースが「デジタル言語」から「自然言語」に変わったことです。 DXの「勝ち組」はデジタル言語の通訳人材が多く、日本企業はそこで出遅れました。しかし、AIのインターフェースが自然言語になったことで、デジタル言語人材の優位性は低減されます。日本企業が持つ高度な自然言語能力、すなわち「文脈を読み、本質的な問いを立てる能力」を生かせば、優秀なAIトランスフォーメーション人材になれる可能性があります。

DXで後れを取った日本企業にとって、AI時代はむしろ「リープフロッグ(一足飛びの発展)」の絶好の機会なのです。

AI時代に入り「両利きの経営」はどう変わるのか

――現在、多くの企業が掲げる「両利きの経営」(既存事業の深化と新規事業の探索)は、AIによってどう変わりますか。

豊田 AI時代では、既存事業の「深化」と新規事業の「探索」の境界が曖昧になります。既存事業でAIを活用することは、単なるホワイトカラー業務の効率化にとどまらず、価値提供の形や収益構造まで変え得るため、実質的には新たなビジネスモデルの創出に近い動きになります。 私たちはAI活用を単なる業務効率化ではなく、「事業そのものを再定義する契機」として捉え、AIネイティブに事業を組み直す発想が必要だと考えています。

冨山 従来の新規事業は、既存事業から切り離した「出島」的なポートフォリオ経営でしたが、AIトランスフォーメーションは既存事業そのものが打撃を受けるため、本業を「斜め上」に変えていかなければなりません。本業のAIトランスフォーメーションは効果も絶大ですが、ぼんやりしていると、AIを導入した競合に必ず淘汰されてしまいます。

――人の「仕事の価値」はどのように変化するのでしょうか。

冨山 AIが代替できない領域、特に「感情労働」としての営業活動の重要性が増大します。極端に言えば「歌って踊って泣かせて笑わせる」ような、人間にしかできない活動の価値が向上します(笑)。

一方で、生成AIができるようなことはコモディティー化し、お金にならなくなります。付加価値がシフトする部分を的確に捉え、ビジネストランスフォーメーションを進める必要があります。

AI時代はDXで出遅れた日本企業にとって最大の「逆転」チャンス。今こそ変革に必須の「経営者の覚悟」と「現場の熱量」日本共創プラットフォーム(JPiX)
代表取締役会長
冨山和彦

――変革には「経営者の覚悟」が必要です。トップの覚悟が足りない組織にはどのような課題がありますか。

冨山 革命的な変化には、強いリーダーシップが不可欠です。明治維新でリーダーたちが率先して髷(まげ)を落としたように、トップが目に見える形で覚悟を示さないと、現状に安住している組織は動きません。

真の課題は、マインドセットや評価システムなど「組織能力」そのものを変えることにあります。野球選手からサッカー選手への転換のように、求められる人材要件が根本から変わるため、5年から10年にわたる継続的な取り組みが必要です。

「人の心が動かない」という難所をどう乗り越えるか

――そのような長期にわたる変革において、現場の熱量をどう高めればよいでしょうか。

豊田 変革は結局のところ「人」から始まり、「人」が動くことでしか前に進みません。どれだけ正しい戦略を描いても、従業員をはじめとするステークホルダーが腹落ちし、熱量を持って動かなければ実現しない。だからこそ電通グループのBXでは、人が自然と動きだしたくなる“戦略ストーリー”を描き、行動変容を支える仕掛けを丁寧に設計しています。

特に大型で長期のプロジェクトでは「手段の目的化」が起こりやすく、タスクをこなすこと自体が目的になってしまうケースがあります。そうした状態を防ぐために、全員が自分ごととして理解できる強いストーリーを共有し、進捗や成果がこまめに可視化され、称賛される環境を整えることで、変革に向かう熱量を維持しています。

AI時代はDXで出遅れた日本企業にとって最大の「逆転」チャンス。今こそ変革に必須の「経営者の覚悟」と「現場の熱量」「人が動きたくなる 戦略ストーリー」を描く
拡大画像表示

冨山 経営者は、曖昧な言葉ではなく、明確な方向性を衝撃的に言い切る覚悟が必要です。例えば「今後10年で、ハードウエアとAIエンジニアの人員比率を逆転させて、AIエンジニアを8割にする」などといった具体的な目標設定です。

抵抗勢力になるのは往々にして中間管理層ですが、実は最前線の従業員ほど経営環境の変化を真剣に感じています。トップが明確な方向性を示すと、「やっぱりそうだったか」と腹落ちし、現場のモチベーションはかえって上がるものです。

豊田 おっしゃる通りだと思います。私たちも「企業の変革に関する従業員意識調査」というものを行っており、「変革推進層」「変革フォロワー層」「変革他人事層」など、従業員を意識別にクラスター分けすることで、どのような人たちを、どう鼓舞していくのが効果的かを分析し、施策を構築しています。

AI時代はDXで出遅れた日本企業にとって最大の「逆転」チャンス。今こそ変革に必須の「経営者の覚悟」と「現場の熱量」電通グループ グローバル・プラクティス・プレジデント BX
dentsu Japan BXプレジデント
電通 統括執行役員(BX/グローバル)
豊田祐一

――電通グループは、事業変革の支援サービスを強化されていますが、他社のコンサルティングとの大きな違いはどこにありますか。

豊田 大きく二つの違いがあります。一つ目は「マーケティング起点」であることです。私たちは広告とマーケティングを出自とするグループであり、マーケティングはクライアントと顧客が交わり、成長が生まれる場。その視点から逆算して変革を構想し、実行まで一気通貫で支援します。

二つ目は「オーダーメード」であること。定型化されたフレームに頼らず、深い対話を通じて企業固有の課題と真因を見極め、最適解を共創します。一般的に「コンサルは情報の非対称性に価値がある」といわれますが、私たちの価値は、情報ではなく共創から生まれる洞察と、その企業ならではの文脈を解き切るプロセスにあります。

さらに、広告ビジネスで培われた「広義のクリエイティビティ」と「人の心を動かす力」、そして「実行伴走力」を変革の全工程に発揮できる点も、電通グループならではの強みです。

――AIを活用したソリューションにはどういったものがありますか。

豊田 独自の生成AIプロダクトとワークショップを組み合わせ、新規事業開発を高速化する「AIQQQ STUDIO(アイキュースタジオ)」があります。電通グループ固有の顧客インサイトやクリエイターの思考、クライアントさまのデータを掛け合わせるだけでなく、事業開発プロセスそのものを生成AIとの協働に最適化する形で再設計しています。人間の「ビジョン力・創造力・意味付ける力」と、生成AIの「スピード・網羅性・パターン認識力」を掛け合わせることで、AI時代にふさわしい新しい事業開発アプローチを提供しています。

AI時代に求められる「勝ち筋」と人材

――AI時代、日本企業が優位性を持つ「勝ち筋」はどこにありますか。

冨山 日本企業の強みは、複雑で再現性の難しい「擦り合わせ」的な業務領域にあります。単純化が得意な西洋や中国に対し、日本は人間と機械、機械同士が複雑に連携するオペレーションに強さを発揮します。今後は言語的AIだけでなく、「現場現業での価値創造」に関わるフィジカルAIとの連携で、日本企業は優位性を確立できます。人手不足という状況も、AIによる変革推進にはむしろ追い風です。

――逆に、避けるべき事業領域はありますか。

冨山 コモディティー化しやすい単品大量生産や、単純な設備投資中心のモデルは避けるべきです。付加価値の源泉が「ソフト・ハードパッケージ」にシフトしている今、複雑性を生かした領域に集中することが重要です。

豊田 おっしゃる通り、「複雑性」や「ややこしさ」の中で発揮される「擦り合わせ力」は日本企業の大きな強みですよね。これは製造業に限らず、私たちの業界でも同じです。海外からは「日本はフランチャイズ化してスケールするのが苦手」といわれる一方で、それは裏を返せば、単純化できない高い複雑性の領域で価値を発揮しているということでもあります。AIによって個々の「点」が急速に進化する中、それらを「線」としてつなぐ価値は相対的に高まるので、日本企業にとってはチャンスかもしれません。

――最後に、変革に挑む経営者やビジネスパーソンへメッセージをお願いします。

豊田 AI時代は、「解を出す力」よりも「問いを立てる力」が問われます。そして、ディレクション力と判断力、責任力といったリーダーシップが一層求められると思います。ディスラプション(破壊的創造)は常にチャンスなので、私自身も、「革命家」になるぐらいのマインドセットを持っていたいと思います。

冨山 AIは強力な部下のようなものです。AIを上手に使いこなせる「ボス」として振る舞える人にとっては、これほど便利なものはありません。

DX時代と異なり、AIネイティブ時代は自然言語能力が重要なので、極端ですが1億2000万人の日本人全員にチャンスがあるといえます(笑)。現場現業にこそ「宝」があり、それをAI空間に紹介できる「ボス的な人たち」が最も価値を生み出す時代です。この革命的な変化をチャンスと捉え、戦い抜いてください。

◎冨山和彦(とやま・かずひこ)
東京大学法学部卒業、米スタンフォード大学経営学修士(MBA)、司法試験合格。ボストン コンサルティング グループ、コーポレイトディレクション代表取締役を経て、2003年産業再生機構設立時に参画しCOOに就任。解散後、07年経営共創基盤(IGPI)を設立し代表取締役CEO就任。20年日本共創プラットフォーム(JPiX)を設立。メルカリ社外取締役、日本取締役協会会長。内閣府規制改革推進会議議長代理、金融庁スチュワードシップ・コードおよびコーポレートガバナンス・コードのフォローアップ会議委員、ほか政府関連委員多数。
◎豊田祐一(とよだ・ゆういち)
米カリフォルニア大学バークレー校を卒業後、電通に入社。メディア部門、ビジネスプロデュース部門を経て、インド、タイ、中国でCEOなどを歴任し、各市場の再建と成長をけん引。2024年にグローバルでビジネス変革(BX)を統括する電通グループ グローバル・プラクティス・プレジデント BX、dentsu Japan BXプレジデント、および電通の執行役員に就任。25年には電通の統括執行役員(BX/グローバル)となり、責任の一部が拡大。26年1月よりAPAC事業を統括するdentsu APAC CEOに就任予定。
【対談を終えて】
AIという技術的特異点を前に、両氏の議論は驚くほど「人間」という本質に収れんした。技術が高度化する時代だからこそ、成否を分かつのは無機質なアルゴリズムではなく、泥くさいほどの「経営者の覚悟」と「現場の熱量」である。
トップが退路を断って構造変革を断行し、その痛みを伴う道のりを、共感できる「物語(ストーリー)」で現場の推進力へと変えていく。この両輪がかみ合ったとき、AIは日本企業が持つ「現場の底力」を増幅させる最強の武器となるだろう。
企業経営者は、今こそ覚悟を決め、リープフロッグへかじを切るべきである。
(ダイヤモンド社論説委員 深澤 献)
●問い合わせ先
株式会社電通
〒105-7001 東京都港区東新橋1-8-1
https://dentsu-bx.jp/