2010年秋に発売されるや、起業家、CFOといったベンチャー関係者のバイブルとなり、現在まで続く起業ブームを裏から支えた1冊の本がある。人気ブログ及びメルマガ「isologue」の執筆者として知られる磯崎哲也氏の『起業のファイナンス』だ。
その続編となる『起業のエクイティ・ファイナンス』の出版を記念し、磯崎氏と東京大学エッジキャピタル(UTEC)代表の郷治友孝氏に、最近のベンチャー情勢と起業をめぐる環境について語ってもらった。
(対談日:2014年7月1日、構成:菱田秀則、横田大樹)

東大でもベンチャーが盛り上がってきた

ベンチャーブームを支える3つのツール郷治友孝(ごうじ・ともたか)1996年、東京大学法学部を卒業後、通商産業省(現・経済産業省)に入省。以来、「投資事業有限責任組合契約に関する法律」(LPS法)および同会計規則の制定などを担当。1997年、株式会社ジャフコに出向。2003年、スタンフォード大学でMBA(経営学修士号)を取得。帰国後の2004年、経済産業省を退官し、東京大学などの研究成果や人材を活用したベンチャー企業への投資、各種支援を行う株式会社東京大学エッジキャピタル(UTEC)の設立に加わる。同社代表取締役社長マネージングパートナー。

郷治 新刊の『起業のエクイティ・ファイナンス』を拝読しましたが、実にプラグマティックですね。この本の内容を知っているのと知らないのでは、起業家のファイナンスの広がりはずいぶんと変わってくると思います。

磯崎 ありがとうございます。

郷治 特に優先株式※1です。優先株式は、ベンチャーの世界ではかなり広まってきていますが、こういう本で要点を押さえないと、イチから学ぶのはなかなか大変です。専門書は起業家の目線で書かれていないし、法律や条文を解説する本はあっても、その背景にどういう意味があるのかといった観点を解説したものはありませんでした。

 それと、投資家としてありがたかったのは、「これからのベンチャー投資ストラクチャー」をまとめていただいたこと。これは非常に重要です。

磯崎 LLP(有限責任事業組合)※2を使ってファンドを運営する形態を提案したことですね。

郷治 はい。従来、日本では株式会社がベンチャーキャピタルのGP(General Partner、無限責任組合員。投資に関する業務を執行して無限連帯責任を負う運営者)をやることがほとんどでしたが、投資するベンチャーキャピタルの側も起業家と同じように個人としてベンチャーにコミットして、ベンチャーの事業の浮き沈みを共有することが非常に大切です。

 LLPは、個人たるベンチャーキャピタリストが、個人としてベンチャーにコミットすることができる仕組みです。同時に、LLPは、構成員の「パススルー課税」や「有限責任性」が担保されているなど、ファンドのGPとしてふさわしい仕組みを備えています。それをわかりやすく紹介していただいたのが大変よいと思いました。

磯崎 UTECさんがLLPを活用されている事例も、思いっきり引用させていただいてます(笑)。

※1 剰余金の配当、残余財産の分配、株主総会の議決権などについて、普通株式より優先的な条件がついた種類株式のこと。

※2 株式会社などの「会社」とは異なるタイプの事業体。LLPは「Limited Liability Partnership」の略。(1)構成員全員が出資額の範囲内で責任を負えばよい有限責任、(2)損益や権限の分配を自由に決めることができるなどの内部自治、(3)LLP自体には法人税は課されず、利益配分があった場合はその出資者に直接課税されるパススルー課税(法人格は持っていない)、の3点が大きな特徴。

――UTECというと、東京大学と深いつながりのあるベンチャーキャピタルですが、その代表である郷治さんから見た現在のベンチャーの状況はいかがでしょうか?

郷治 大学発の起業家も、今は層が非常に厚くなってきました。10年前だったら「会社をつくりたい」という先生は、なかなかいなかったんですね。いらしても、ちょっと変わった人が多かった(笑)。それが最近は、チームを組んでそういうことを考えてくる例も増えてきました。

磯崎 それは東大の先生が?

郷治 東大でもほかの大学でも。教授レベルだけでなく学生もそうです。ITに限らず、バイオテクノロジーだったりモノづくりだったり。ほかにも素材系、マテリアルですね。そうした広がりにあわせて、ベンチャーキャピタルの活動も広がっていかなきゃいけない。だからこそ、先ほどのベンチャー投資のストラクチャーを取り上げていただいたのは非常にありがたい。

磯崎 UTECさんが投資されているベンチャーの方に聞いたんですが、3、4年前に、みんなに興味を持ってもらえるかと、私の『起業のファイナンス』を東大の研究室の机にポンと置いておいたんだけど、誰も見向きもしなかった、と(笑)。

 しかし、おっしゃるように、最近は東大でも、情報系や工学系などでピンポイントに、ベンチャーに関心を持つホットスポットができているなという印象はあります。実際にそんな感じですか?

郷治 その投資先は、MUJIN(ムジン)というロボットベンチャーですね。最近は、ベンチャーが生まれやすい研究室というのも出てきましたね。昨年末に話題になった、Googleに買収されたSCHAFT(シャフト)というロボット開発ベンチャーも、同じ研究室の出身ですが、その研究室は、ロボットベンチャーを生み出す名門のようになりつつあります。

磯崎 おもしろいですね。人間、見たことないものには憧れられないし、やる気も起きない。でも、身近な先輩が起業して、すごいことになっているのを目の当たりにすると、影響を受けますし、自分もできると思うようになるんですよね。

郷治 ええ。「ベンチャーをやってみたい」といった意識が、研究者にも学生にも広がってきていますね。