コンサルティング・ファームを積極的に活用する欧米の企業では、コンサル出身者がトップに就くケースも珍しくない。医薬品や医療機器の製造販売を行うグローバルカンパニー、アボット・ラボラトリーズ(本社:アメリカ)もそのひとつ。1998年から同社のCEOを務めるマイルス・ホワイトは、マッキンゼーの出身だ。
日本法人アボット ジャパンの池田勲夫前会長兼社長(今年3月末に退任)は、時に本社マターとして、時に日本独自の判断で、コンサルティング・ファームを起用して様々なプロジェクトを実行に移してきた。グローバル・ファームの利用価値を日本市場で引き出すにはどうすればいいのか。外資系企業の日本法人トップという立場で苦心しながら学んだ「コンサルの正しい活用法」を池田氏に聞いた。(構成:日比野恭三)

並木 池田さんがコンサルティング・ファームと初めて仕事をしたのはいつのことですか?

池田 1994年頃だったと記憶しています。当時、私は日本法人の営業本部長で、アメリカ人社長の下で実質ナンバー2という立場でした。当時は日本法人の業績があまり良くなくて、立て直しを図るために、本社の意向もあってコンサルティング・ファームを起用することになったんです。

並木 その時の“満足度”はどうでしたか?

コンサルを重用する欧米企業において<br />日本支社は戦略の実行段階で葛藤する池田勲夫(いけだ・いさお)1969年3月横浜国立大学工学部修士課程卒業、1979年3月京都大学薬学部にて薬学博士号取得。1969年3月ダイナボットRI研究所入社、87年3月診断薬機器事業部技術本部研究開発部長、88年4月アボットラボラトリーズ診断薬事業部癌診断薬事業部長、94年同社取締役・診断薬機器事業部営業本部長、97年8月同社常務取締役・診断薬機器事業部 生産本部長兼総合研究所長、2000年8月同社取締役社長兼診断薬機器事業部長、2004年12月同社代表取締役会長兼社長、2013年4月同社相談役、2014年1月臨床検査薬協会理事、臨床検査振興協議会理事、医療政策委員会委員長。趣味は登山、マラソン。

池田 正直なところ、彼らが提示してきた内容は我々が考えていたこととあまり変わらなかった。自分たちのやろうとしていることが間違っていなかったんだ、と確認することはできましたが、こんなことに大金を使っていいのだろうかと感じたのも事実です。

 ただ、いくら私たちが言っても信用してくれなかった本社サイドが、コンサルティング・ファームがそう言ってるならそれでいいと、計画にゴーサインを出してくれたのには驚きました。

並木 いかにもアメリカの会社らしいエピソードですね。2000年に日本法人の社長に就任されるわけですが、経営の舵取りを担う立場になってからもコンサルと仕事をする機会はよくありましたか?

池田 アボットのCEOがマッキンゼー出身ということもあって、本社のプロジェクトとしてコンサルタントが関わることはよくありました。ただ、そうしたケースでは難しさを感じることの方が多かったと記憶しています。

 コンサルタントたちは「これがグローバル・スタンダードだ」「唯一の方法だ」と言って、ひとつの方針を世界中のオフィスに一様に実行させようとします。でも、それぞれのエリア・国によって市場の特性や企業の風土に大きな違いがあり、グローバル・スタンダードだからといって、必ずしも日本のカルチャーに合ったものとは限りません。欧米の人たちはコンサルタントの提案を是としてすぐ実行に移すことに抵抗感がないようで、その機敏さがプラスに働くこともあれば、失敗につながることもあります。日本では、まずは検証してみようというスタンスになるのが普通だと思います。

並木 そうなると、本社や他国のオフィスと歩調が合わないことになりますね。

池田 そうですね。本社にしてみれば、なぜすぐにやらないんだ、日本は動き出しが遅いと見えてしまう。しかし、私は常に「自分が納得するまではできない」と言い続けてきました。日本市場との適合性などをしっかり検証した結果、彼らの提案が良いと思えばやるし、悪いところが見つかれば修正してからやる。そうすることで、結果的にはうまくいくケースが他国に比べて多かったと自負しています。