ただし、僕個人としては、多くの日本人の「美味しい幸せ」はいま、「だいたい美味しい幸せ」で終わっていると思っています。本当の美味しい幸せをどう回復するか。それがこれからの農業の課題ですし、それを有機農業で実現したいと思います。

米倉 僕のまわりにも、農業に関心を持ち始める若者が増えています。しかしその多くは、「農業じゃ食えないんじゃないか」とか、「サラリーマンのほうが安定している」と思って躊躇してしまう。山下さんは、農業というのは若者のキャリアとして、選択肢になると思いますか?

山下 はい、選択肢になります。ただし、向き不向きはあります。つまり才能です。才能のある人は、朝から晩まで農作業を一心不乱にやっても楽しめる感性を持つ人。反対に、才能のない人は、理屈ばかりの人。理屈はいっちょまえだけど、やってみたらさっぱり、ということが多い。それと、田舎でのんびり暮らしたいというタイプもダメですね。なんだかよくわからないけどよくできる。こういう人が農業でメシが食えるんです。

米倉 ただし、就農してすぐにメシが食える人は少ないですよね? 3~4年はほぼ無収入を覚悟したほうがいいですか?

山下 いや、そうとも言えません。僕のやり方なら、1年目から収入を得られます。ちなみに、農業で食べていくには10アールあたりの反収(粗収益-売上)が100万円必要です。ただし多くの農家は20~30万円が現実。だから大規模化するか、兼業するしかない。だけど、小規模でも美味しい有機野菜を作れば、反収100万円も可能です。たとえ1人でも50アール~1ヘクタールの土地があれば、500~1000万円の売り上げを得ることができます。そこから経費を差し引いても、4割の所得は残せる。3年目で200~400万円の所得が理想的です。

 それと、クオリティの高い農産物であれば、海外に打って出ることもできます。それと、加工品にもチャンスありです。そもそも加工品というのは、大量生産された農産物から大量に発生するB級品をどうするかという発想で作られています。しかし逆転の発想で、その加工品を一流の農産物から作る。そうすると、格別に美味しい加工品ができるのです。そうした、一流の加工品にも大きなチャンスがあると僕は思っています。

米倉 僕はいままで、日本の農業がこれから生き残っていくためには、大規模農業をもっと進めたほうがいいと思っていました。しかし山下さんの話をお聞きして、必ずしもそうじゃない。むしろ小さいものにもチャンスがあると気づきました。大規模農業も、小規模な農業も含め、日本の農業にはもっと多様性があるべきなんですね。

まずは一歩を踏み出す。
動くことに価値あり

米倉 ではここからは、会場の学生たちからの質問を受け付けます。川添さん、鈴木さん、山下さん、よろしくお願いします。

学生A 鈴木さんにお聞きします。「顔の見える関係づくり」とおっしゃっていましたが、具体的にはどのようなことでしょうか?

鈴木 顔が見えるということは、きちんと相手のニーズを理解できるということです。震災のときに、僕は気仙沼に親しい友人がいたからこそ、被災地の現実と、被災者のニーズを知ることができました。友人から、「災害対策本部に物資は送らないでくれ」と言われ、自らトラックを仕立て、直接避難所に届けることもできたのです。最初は食料を届けていましたが、その後は靴を届けました。そうした現地のニーズに答える物資を送ることができたのも、そこに友人がいたからです。どんな仕組みよりも、顔の見える関係が大切だと感じました。