ダイヤモンド社のビジネス情報サイト
ニッポン 食の遺餐探訪

世界が絶賛する日本のコメが危機に瀕していた!
絶滅寸前の「米俵」から見る稲作文化の衰退と未来

樋口直哉 [小説家・料理人]
【第25回】 2014年12月3日
著者・コラム紹介バックナンバー
1
nextpage
『田和楽』の米俵

 稲作は日本文化を代表するもののひとつ。稲から得られる米は日本人の原点、かつては単なる食べ物以上の存在だった。

 縄文時代の終わりに大陸から伝わった稲作は、近畿から関東、東北へと広まり、田は日本の里山の風景をつくった。稲作に由来にした行事も数多い。秋には祭りし、正月などの祝い事には米でつくった餅が欠かせなかった。

 さらに米は経済までつくる。明治時代の地租改正により、収める税が米から金に変わるまで、米は純粋な食べものではなく貨幣でもあった。

 大きな変化は明治36年、国立の農事試験場で品種改良に力を入れる方針が定められたことだ。その頃の日本人にとって「お腹一杯白いごはんを食べること」は夢の様な話だった。農学者の渡部忠世は日本人を「米飯悲願民族」と表現したが、日本人の努力の積み重ねにより、戦後には現在のようにお米を気軽に食べられるようになった。

 農地改革を経て、米の生産は増えはじめる。1950年代に入ると食料不足は解消し、日本人は日常的に米を食べられるようになった。

 ところが1963年に米の消費量はピークを迎える。その後、消費は減少しはじめるが、生産技術の向上による収穫量の増大は止まらなかったため、米余りという状況が起きた。1970年代から国は減反政策を推し進める。補助金を撒くことで、米の作付を制限する──対症療法的な策だった。あくまで結果論でしかないがこの時、消費拡大や新しい市場の開拓などの前向きな手を打っておけば今のような状況にはなっていなかったかもしれない。

稲作文化が危機にある今、
絶滅寸前だった山形の「米俵」に注文続々

 今年、米の価格が大きなニュースとなった。農協(JA全農)からの農家に対する支払い価格が過去最大級の下げ幅を記録したのだ。家庭での米の消費は下がり、1970年代からずっと(一部の不作の年をのぞけば)米が余っている状況なのだから、こうした事態は容易に想像できたはずだった。

 ある記事によると『米農家は廃業の危機』だと言う。煽りを受けるのは農協に米を卸している農家だけではない。力を弱めているとはいえ農協は今も米の流通の4割を担い、支払価格の低下は相場全体に影響を及ぼす。農協を通さず直接卸しと取引している農家も値下げを余儀なくされるからだ。

 米について書くのは難しい。巷にあふれている様々な論説でも「政府が悪い」「兼業農家が悪い」「農協が悪い」という「ここが悪い」というポイントは割合、明確だが「では、どのようにすれば問題は解決するのか」となると歯切れが悪くなる。長い間の保護政策によってできあがった、いびつな現状に対する特効薬などないからだ。米の消費を増やすといっても少子高齢化の問題もあるし、昔のように米しかないというならいざしらず、多様な選択肢のある現在では限界がある。

 このまま稲作は衰退していくのだろうか?

 日本人は稲作から多くの文化を生み出してきた。最初に述べたように稲は日本の文化そのもの。収穫後の稲からは米だけではなく、米糠、籾殻、藁がとれる。米ぬかで漬物をつくり、籾殻は肥料になった。藁は肥料や飼料としてだけではなく生活のすべてに利用された。藁は縄の材料となり、衣服になり、日本家屋の壁になり、敷物にもなり、布団にもなった。そして今回、紹介する「米俵」の材料でもある。

1
nextpage
関連記事
スペシャル・インフォメーションPR
クチコミ・コメント

DOL PREMIUM

PR
【デジタル変革の現場】

企業のデジタル変革
最先端レポート

先進企業が取り組むデジタル・トランスフォーメーションと、それを支えるITとは。

経営戦略最新記事» トップページを見る

最新ビジネスニュース

Reuters

注目のトピックスPR

話題の記事

樋口直哉 [小説家・料理人]

1981年生まれ。服部栄養専門学校卒。料理人として活動する傍ら、2005年、『さよならアメリカ』で群像新人文学賞を受賞し、小説家としてデビュー。ほかの作品に『月とアルマジロ』(講談社)、『大人ドロップ』(小学館)、『星空の下のひなた。』(光文社)、『ヒマワリのキス』(徳間書店)、『アクアノートとクラゲの涙』(メディアファクトリー)がある。

 


ニッポン 食の遺餐探訪

和食を世界遺産に、という動きが農林水産省を中心にはじまっている。日本料理はここ十年余りの世界的な流行になり、外国の料理人の多くも関心を持っていて、誰もがそれを理解しようとしている。しかし、当の日本人の多くは日本料理を理解できていないのではないか。そこでこの連載では、日本の食を支えている道具や食材をつくっている生産者、職人を訪れて、私たち日本人が知らない日本の“食の遺餐”を紹介していく。 

「ニッポン 食の遺餐探訪」

⇒バックナンバー一覧